夢をあきらめるべきか否か?という悩みについて考える

人生を変えたい

こんにちは、早川です。

今日は

「夢をあきらめるべきか否か?」

という悩みについて一緒に考えてみたいと思います。

もしあなたにこれまで何かしらの夢があって、そしてその夢に向かってこれまで進んできた、頑張ってきた、とします。

それは僕のように音楽だったかもしれないし、絵画とか芸術だったかもしれない。

医者になりたくて必死に勉強してきたのかもしれないし、

それはスポーツかもしれないし、ダンスかもしれない。

分野はなんであれ、あなたは今時めずらしい人種になりつつある「夢に向かって生きる人」だったわけです。

そんな「一つのゴールに向かって精一杯進んできた」人が

「夢をあきらめようか否か」

と考える時の状況って、おそらく3パターンに分かれると思います。


1. 夢をほぼ達成しかけた時に「夢がつまらない」ものに変わってしまった時

2. もう夢は達成できないだろうと「あきらめ」の気持ちが強くなった時

3. 好きでやっていたはずなのに、夢に向かって生きるのが「苦しく、ツラく」なった時


人それぞれ微妙な違いはあるにせよ、「夢をあきらめる」ことを考えるきっかけはこの3つのどれかではないしょうか?

1番の「ほとんど達成しかけた」の場合はちょっと違いますが、今回は特に2番と3番について見ていきたいと思います。

「あきらめの気持ちが出来てたからあきらめるかどうか悩む」というのは一見「そのまんまじゃん」だけど、でもじゃあ

「どういうキッカケで」

あきらめの気持ちが生まれてきたのか?

これによって状況は大きく変わってきます。

想像してみてください。


16歳の高校生が「おれには才能が無いからミュージシャンになる夢をあきらめる…」と思うのと、

36歳のフリーターが「そろそろいい歳だしこれからロックミュージシャンとしてデビューするのは厳しいだろう…」


二人の状況はかなり大きく異なることは容易に想像できると思います。

がんばったからと言って、技術がどれだけ優れているからと言って、プロのミュージシャンとして実際に生計を立てていけるかどうか、という話はまた別の問題だとして、、、

16歳の高校生であれば、それはおそらく親や先生を含む「周囲の意見」がキッカケとなって


周囲「お前には無理だよ!」

自分「そうか自分には無理なのか…」

自分「あきらめようかな…」


になる、ということがほとんどなんじゃないでしょうか?

「あきらめようかな…」という思いが生まれた「キッカケ」がわかれば、そのキッカケとなった事柄への「自分の中での受け止め方」を変えれば「あきらめの気持ち」も変わっていきます。

仮に「俺はプロのミュージシャンとしてデビューして東京ドーム3Days満員御礼になるくらいのすげーやつになる!」のであれば、

自分の憧れのプロのミュージシャンでも音楽業界の関係者でもないなんでもない「クラスメイト」や「親」「先生」は「ただのド素人」です。

ただのド素人の言うことを真に受けて自分が大好きで本当にやりたいことを諦めてしまうのは、もったいなさすぎです。よね?

専門家にお金を払ってアドバイスを求める場合、専門家がまともな人間なのであれば、対価に見合う分のしっかりとした仕事=アドバイスを、責任を持ってしてくれるでしょう。

が、(言葉は汚いけど)ド素人に「頼んでもないアドバイス」をされることほど「迷惑なこと」はありません。

よく恋愛で男性が女性にしてしまう痛ーいミスです(笑)

「ただ話を聞いてほしかっただけなのよ!」

こう言われた経験のある男性は多いかもしれません、、、

「ごっ、ごめん、、つい意見してしまって、、、あの、まじでホント、、ごめん、、、」

話が逸れました(笑)


16歳のミュージシャン志望も、こうして受け止め方を変えると「あきらめよう」という気持ちも変化すると思います。

「自分のことを知っている人からの助言」⇒「ド素人の不要なたわごと」

受け止め方を変えてみると、「なーんだっ!」ってなる。

後はもちろん、自分が本当に達成したい夢なのであれば堂々とその道を進めばよいし、やっぱり辞めたいと思うであれば堂々と辞めればよい。

自分で決めたことの責任は自分で取るわけだから、その後実際どこにたどり着こうがそれからも自分で決めて自分で修正・調整して進んでいけばいいだけです。

じゃあ次に、36歳のフリーターが「そろそろいい歳だしこれからロックミュージシャンとしてデビューするのは厳しいだろう…」と思って悩んでいる場合。

16歳の高校生とは、「夢を諦めようか否か」と思うにいたったキッカケが違いそうです。

学生時代が終わってから、バイトや派遣などでなんとか食いつなぎつつ、10年も20年も、だれに何て言われようが、夢を追ってきて、もう先行きが見えなくなってしまってきた。

「生活が苦しい」という実状と、

「本当はこんなはずじゃなかった」という思い、

この2つが入り混じって生まれてきた不安や失望、絶望のようなネガティブな気持ち。

これが「辞めようかな」のキッカケになることが多いと思います。(僕自身はそうでした。)

この場合、おそらく「辞めようかな」は、16歳の学生の「外部からの影響」とは違って、

「自分自身の心の声」

だと想像できます。

「やりたかった」ものが「やってるとツラい」状況になってしまって、心が悲鳴をあげている。そんな状況。

この場合、ほとんどの人は「諦める・辞める」という選択を取ったほうが「健康的」でしょう。

で、おそらく「諦める・辞める」という選択を取ろうとは考えているでしょう。

が、問題はここではなくて、「じゃあこの後どうしよう?」になる思います。


「辞めて何しよう?」

「諦めてこれからどう生きよう?」


人が「やる気」「やりがい」「充実感」「生きがい」等のポジティブな思いを持つのは

「未来志向」

の時です。

「行きたいところに向かっている感」

「行きたいところに向かっているプロセス」

がなんとも言えない充実感を生み出します。

ミュージシャンであればツアーで会場までたどり着くまでの道のりだったり、CDが完成するまでのレコーディングをして作品を作っている最中、だったり。

野球部で言えば甲子園の決勝戦に向けて、練習や試合を重ねて向かっている最中、だったり。

到達したいところがあって、そこに到達するためにおこなっていること。

にやりがいを感じるわけです。


36歳のミュージシャンの場合どうでしょう?

「過去志向」になってしまっていないでしょうか?

「現在に完全に閉じ込められて」しまっている状態ではないでしょうか?

向かう場所を失ってしまった感覚。これはツラいです。

おそらく「向かう場所」がわからなくて、決められなくて、悩んでいたり苦しんでいたりする人は日本ではかなり多いはずです。

夢があるならまだしも、最初から夢がない=向かう方向性がわからない。

これでは学校で勉強する気にもならないし、なにかを自発的に生み出していこうという気なんて到底起きようもない。

だからツラいわけです。

じゃあどうしたら良いのか?


答えは一つだけだと思います。それは、

「向かう場所を決めてみる」

とりあえずでよいので「向かってみたそうな場所を決めてみる」。

選択肢は今現在まで自分が得た知識の中にしかないかもしれません。

でも全ての情報を全て持っている人はいません。

全ての選択肢を全て吟味することは時間的にも物理的にも不可能です。

「選択肢を増やせるように情報を入れたり知識をつけたりしてみる。」

というのも今とれる選択肢の一つです。

でも延々と選択肢ばかり増やしていても「向かう場所」が決まらなければ

やりがいを持って充実感を感じて生きるのはなかなか難しいかもしれません。

というわけで、36歳のミュージシャンのような状況に置かれている場合、これからをよりよく、より楽しく生きていくのであれば、取る行動はひとつ。

「とりあえず向かう場所を決めてみる」

3歩向かったら「やっぱりつまらない」と感じるかもしれない。

でもそしたら「今とは3歩違う視点」から「次に向かってみたい場所」が探せます。

今いる場所に今後も延々と居続ける限り、「今とは3歩違う視点」から「次に向かってみたい場所」ことはできません。

でもとりあえずどこかに進めば見える景色は変わってきて、見える景色が変わった状態で新しく見えてくる選択肢が必ずあります。

僕自身の例えで言えば、次のような感じでした。

小学生から32歳まで:ミュージシャンの道。邁進。

 ~30歳を過ぎてから状況がいろいろ変わり、急にツラさが増幅…

32歳:生まれて初めてサラリーマンになるべく就活し、就職。

34歳:サラリーマンを辞め、自分自身で稼いでやる!と思い、辞職し、ネットビジネス(アフィリエイトだったり物販だったり)を始める。

 ~ネットビジネスのいろいろなスクールに入り、借金数百万になりつつも、自分自身で稼いでやる!と思い、再就職は一切考えず。

37歳:ネットビジネスでかなり高額を稼げるようになる。ここまでで、やっていることはかなりグレーゾーンだし、金のために金を稼ぐのはつまらないしやりがいも無い、という思いが高まるも、借金返済もあるし、大人になって初めてまともな生活を送れるようになったので、とりあえず継続しつつ次に進みたい道を模索する。

38歳:本年いっぱいでネットビジネスは終了して、コーチングの道を進み始める。

こんな感じで今に至ります。

ミュージシャンとして生計を立てていくことを諦めたとき、僕に考え付く選択肢は

「就職してサラリーマンになる」

だけでした。

いったんサラリーマンになってみると、「自分も一応社会人として働ける」ことがわかり、「零細企業ではこのまま居ても自分に先は無い」こともわかりました。貯金は出来ないし、バンドマン時代よりは遥かにマシになったとは言え、今後もお金に困り続けることもわかりました。

わかったので、じゃあ今度は「自分自身で自力で稼いでみよう」と思い、情報を入れました。

釣りが好きだから、釣り具屋を始めてみたらどうか?

コンビニのフランチャイズはどうか?

英語が得意だし以前の塾講師のアルバイトが楽しかったので、塾を開くのはどうか?

そんなところから模索が始まって、でもそんな店舗を持った商売には「大量な資金が必要」だということもわかりました。

黒字経営にするためには最初は何年も赤字続き、それでもこうした業種で黒字転換するのもけっこうな経営の知識が必要そうだ、ということもわかりました。

いろいろ調べていくうちに、「パソコン一台で月収100万円!」等とうたっている「ネットビジネス」なるものが存在することも知りました。

やりました。3年経ってようやく稼げるようになりました。グレーでした。怪しい部分が多々ありました。合法ですがいろいろな人に迷惑をかけることも知りました。とは言えなんとか月収100万円になったこともありました。

ある程度軌道に乗ると、やりがいを全く感じていないことに気づきました。もうちょっと人の役に立つようなことをして生計を立てていきたい、という思いが強くなりました。

方向転換しました。コーチングの勉強を始めました。

コーチとしての活動をはじめ、ある程度続けていけば、また違う道が、もっとやりがいや興味を感じる道が見えてくると思います。

が、とりあえずの最初の一歩は「音楽を辞めてサラリーマンになってみる」ことでした。そこから「ミュージシャンでない自分」の人生が始まりました。

人の道から逸れたことや、他人に大きな害を与えてしまうようなことでない限り、「正しい道」も「正しくない道」もありません。

僕たちは、学校でさんざん


「○かXか」

「合っているか合っていないか」


という考え方を植え付けられてしまっているので、ついつい


「これで正しいのか?」

「これで合っているのか?」


そんな風に全てのものごとを考えてしまいがちです。

実際の人生には正しいも合っているもありません。

進まない状況はしんどいから、

「とりあえず行先を決めて、とりあえず進んでみる。」

とりあえず試してみてください。


ではまた近々!

応援してます!

人生を変えたい
PS. 僕のメールレターでは現在「自分を上手に表現する力を手に入れて、理解者に出会える自分になる方法」をお伝えしています。

理解し合える仲間たちとみんなで前に進んでいく人生。あなたも手に入れませんか?

是非下のフォームから登録してみてください。

「理解者に出会える自分になる」
無料メールレター受け取り登録
メールアドレス 必須

理解者に出会える自分になろう
タイトルとURLをコピーしました