価値とか価値観って、わかるようで意味わからない言葉

人生を変えたい

「え~!!なんで別れちゃったの~!?!あんないい人だったのに~!!」

「うん。なんかいい人だったけど価値観が合わなくてさ、、、」


「仕事とは価値を創造することです!!」

「なるほどっ!えっ?でも価値って具体的にどんなことなのかのイメージが、、、」


「最近、生きがいってなんだろう、自分の生きている意味ってなんだろうって悩んでます。」

「大丈夫。あなたの価値感を大切にして、まずは心に正直になってみて。」


出ました。

僕たち日本人の大好きな、

「大好物」

である、「なんだか凄そうだけど、実はバクゼンとしていて意味のよくわからない」表現。

「みんな実は意味をよくわからずに、でも使うと「それっぽい」感じになるから使っている」言葉。

価値。


そもそも価値ってなんなのだろう?


もし今、突然、小学生に「ねえ、カチってなにー?なんのことー?」


と問われたら、


「大のオトナ」である我々は、子どもにもわかるように正確に且つかみ砕いた表現で、


「カチってね、」


と答えることができるでしょうか?

「価値」を辞書で調べてみると、だいたいこんな感じです。


価値その一。経済学的な用法。要するに「モノの値段」のこと。

価値その二。哲学的な用法。要するに「こうあるべきだ」という信念のようなもの。


で、世の中、特に「仕事」「ビジネス」界隈で最近流行りの「価値」とは、二つ目の「価値」です。


どんな信念や理念に基づいて、オタクの会社は存在しているのか?

どんな信念や理念に基づいて、オタクの新商品は作られたのか?


そういうこと。

僕は自動車が好きなので、車レビューをするYouTuber数人のチャンネルを過去数年追ってきているのですが、日本人Aさんとドイツ人Bさん、それぞれのチャンネルを見ていて感じることがありましたのでシェアします。

基本的に二人とも似たような車をレビューしているんですが、彼らそれぞれが重きを置いている「価値」がまったく違うので、その「価値観の違い」がとてもおもしろいんです。


日本人Aさんが「価値」を感じる車とは、


「最新鋭の安全装備」が付いていて、

「車内が静か」で

「乗り心地が快適」で

「運転していて疲れない、運転が楽な」

車です。


Aさんのレビューを見ていると、「新しい」、「安心、安全、便利、快適」という点に「価値」を感じているんだな、というAさんの「価値観」が見えてきます。


対してドイツ人自動車YouTuberのBさん。

ドイツ人Bさんが「素晴らしい」と評する、つまり「価値」を感じる車とは、


「内装に、レザーなどの「動物の死体」を使用していない」、

「きちんと検証された信頼のできる」システムを使っていて、

「背の高い人でも座り心地がよく」

「運転していて楽しい」

「そして価格が適正」であると感じられる

車です。


つまり、Bさんは「製造工程で動物の犠牲を出さない」「万が一のシステムトラブルで人間の犠牲も出さない」そして「快適」で且つ「楽しく」、そして「お得感のある価格」、という点に「価値」を感じている、ということがわかります。

違いのある両者ですが、お互いに自分の感じるそうした「価値」をかなり積極的に発信しています。

カーレビューとしても面白いんですが、でも「価値の発信」という視点で見てもとても面白い。

AさんBさんには、ともに「YouTuberビジネス」でも成功しています。(登録者数云十万人で、各動画数万回~数十万回見られているので、おそらくYouTubeだけで月収100万前後、もしくはそれ以上あると思われます。)

が、ここでも二人の「価値観」の違いが「ビジネスモデルの違い」としてハッキリと表れています。

まずAさん。

Aさんは、毎日10~15分程度の動画をアップするのですが、


2分に1回広告が流れる


設定にしています。このため、「見づらさ」を感じる動画となってしまっています。

特にYouTube広告は「不快な」感情(平たく言えば、ウザい、、)を呼び起こすようなものが多いため、Aさんは好きなんだけど、でもどうしても


見づらさ、不快感


を感じずにはいられません。


対してBさんです。

Bさんは、2~3日に一回、1時間近いロングサイズの動画をアップしています。

1時間の番組の中で、広告は少ないと1回、多くても2~3回しか流れない設定にしています。

このため、Bさんの動画は


見やすい


と感じます。そして2~3回現れる広告も、「まあこんだけいいもん見させてもらってんだから、ちょっとぐらい不快CM出てもまあいいかな」

と視聴者としても製作者側に「理解」を示すことができる。

*念のため、、YouTuberは広告が流れるたびに収入が入るので、何回広告を見てもらうかが生命線です。また、動画をアップする際に、どのタイミングで何回広告を流すのかを自分で決めることが出来ます。


AさんのCMスタイルは、残念ながら「自分主体」のスタイルです。

さすがに2分に一回CMが流れてしまうと、話の途中で何度も何度も中断されることになり、またそのCMも


「ママの肉じゃがの味にならないよ~」


みたいな、「くっそイライラする」(失礼、、)不快なものが多いため、

「お客さんの視点」から見ると、このスタイルは「最悪」です。


「見やすさとか見づらさとかどうでもいいんで、とにかく1円でも多く収入を」


Aさん考えが

「言わなくても伝わり」ます。

正確に言えば、


「そういうつもりはなくても、視聴者に無意識にそう感じさせて」しまいます。



対してBさん。

彼は「出来るだけ視聴者が見やすく」というのを第一に考えていることは明確です。

まずそれを第一にしつつ「でもいい動画作ってるんで、少しだけCM入れさせてください。」というBさんの考えが


「言わなくても伝わり」ます。


正確に言えば、


「本心はわからなくても、視聴者に「そう感じさせること」ができます。


これもまた、価値であり価値観です。



それが「金稼ぎ」であったとしても、「自分本位」か「相手本位」なのかで、中長期的に見ると大きな差が生まれてくるはずです。

「自分本位」はどこかで必ず相手が離れていきますから。


だから彼らは自動車レビューを届けているようで、本質的には「価値」や「価値観」を届けている、ということです。


「ルイヴィトンはカバンや財布を売っているのではない」


ビジネス書などではお決まりのセリフですが、まさにそういうこと。

「カバン」や「財布」を通して「価値」を売っている。

ということですよね。

前振りで2660文字になってしまいましたが笑、じゃあ今日の本題の、


「価値」と「価値観」から考える仕事や恋愛、生きがいとは?


ですが、ここまでの話で、だいたい見えてきました。


まず、仕事。


「自分が価値を感じていて、そして顧客も価値を感じているもの」


を届ければ、ビジネスは成立します。

そして(哲学的な)価値が高まれば高まるほど、(経済的な)価値(=価格)も上がってくる。

価値は「性能や機能」ではなくて、その性能や機能が「どういった価値に基づいて」いるのか、が価値です。


「美味しいケーキ屋」さんのケーキは確かにおいしい。

じゃあ誕生日に、普段ぜんぜん料理しない彼氏、または彼女が、


あなたのためだけにクックパッド見ながらめっちゃいっしょけんめいケーキを作ってくれたとして、


どちらが感動するか?

どちらがうれしいか?

どちらが身も心もハッピーになって今晩盛り上がってしまうか?



後者ですよね?(そもそも二人の間には愛があるという前提で)

性能、機能的には「美味しいケーキ屋さん」のほうが圧倒的に優れている。

でも「価値の提供、価値の享受」という意味では「彼氏のへたくそケーキ」のほうが、「美味しいケーキ屋さん」とは比較にならないほど優れている。

へたくそケーキが伝えた価値、それは「愛情」「大切に思ってます感」です。


さてお仕事の話に戻ります。

あなたのサービスは、あなたの商品は、「相手が価値を感じてくれる価値」を提供していますか?

「こんなんじゃなくて自分はもっとこんな価値をこんな人に提供したい!」

と思って、そしてそれが今いる会社では出来ないことなのであれば、それが出来るところに転職をするなり、独立して自分で提供し始めてしまえばよい、と僕は思います。

そうでなくて、


「届けたい価値とかよくわかんないけど、とにかく今イヤなので、もっと給料の高いところに転職したい」みたいな感じだと、


おそらく次の会社でも、その次の会社でも、「イヤだから」ループに陥ってしまう可能性が高いのではないか、と思います。

まずは自分の感じている価値と、世の中でこれから必要とされていく価値を、リストアップしてみるところから始めてみたら、


案外おもしろい


かもしれません。




次に恋愛の場合です。

恋愛、特に結婚を前提とした恋愛であれば、「価値の共有」は必須だと思います。

妥協したり、折れたり、ではなくて、

自分の持っている価値と相手の持っている価値の

その先の価値

を一緒に作っていく。


お互いの価値のさらに上の価値で、価値を共有する。


一番高いところで価値が共有できていれば、微々たる違いはもはや「どうでもいいこと」です。

それが出来るか出来ないか、が、「幸せな結婚生活」か「価値観があわなくて・・・」になるかの分かれ道ではないでしょうか?


お互いこれまで違う道を歩んできて、「まったく同じ価値観」を持っているハズもありません。

そこを「許せる」とか「許せない」とか言っても、ちょっと相手もかわいそうだし、自分もかわいそう。

一番上のところでお互い価値観を共有できていれば、「理解できないけどこれはまあいっか、」となるかもしれないし、

「理解できないけどでも理解したいので理解できるよう説明してくれー」

となるかもしれない。

とは言え、


「人をぶん殴って自分がエラい気持ちになっている、」


とか、


「電車でベビーカーを押した女性を見つけると、ワザと意地悪なことをする」


とかいう相手であって、ちょっとそれはいくらなんでも、と自分が感じるのであれば、

そうわかった瞬間に別れてもいいんじゃないかな、とも思います。

(実害がある可能性があるので)


それでももっと上の価値観を共有できているのであれば、


「じゃあ相手はなんでこんなことをするのだろう?」

「なんでですか?」


と疑問を持って解決する方向に気持ちを持っていくこともできるかもしれません。

が、このくらい極端な場合には(精神的な疾患やトラウマが原因である可能性が高いので)二人だけでは解決は困難かもしれないし、程度によるかもしれません。




そして生きがいについて。

生きがいって、つまるところ「自分のどういう価値を社会(他人)に届けたいか」、これに尽きると思います。


自分はサンマが世界最強の食材(価値)だと思っていて(価値観)、

「サンマのこの素晴らしさをみんなにも伝えたい」(価値の提供)

「世界で一番おいしいサンマ料理を提供したい」(価値の提供)


という人であれば、じゃあサンマ料理屋でもサンマブロガーでもサンマYouTuberでもやればいいわけです。

そこに需要があるかないかは「他人がそこに価値を感じるか否か」。

「社会がそこに価値を感じるかどうか」は自分の視点からはわからないことも多いので、まずはリサーチをしてみてもいいかもしれないし、


「いや絶対価値がある!」


と信じているのであれば、始めちゃえばいい。

とは言え現実的に難しそうで、でもどうしてもサンマのすばらしさを伝えたいのであれば、

まずは「サンマについてみんなに教育」するところから始めてもいいかもしれません。


僕は32歳まで「世界最高のミュージシャン」になりたくて奮闘していました。

中高は寝る時間を削って毎日5時間から10時間練習しましたし、世界で活躍するミュージシャンは英語が話せて当然、と大学はアメリカで音楽を専攻しました。


「音楽を作り、音楽を演奏することが生きがい」


でした。

でも「生きがい」として考えたとき、これには大きな落とし穴が、欠点が、あると、今は思います。

だってこれって「社会にどんな価値を提供したいか」という視点が完全に欠如しているからです。

だからこれは「生きがい」ではなく、ただの「夢」であり「希望」です。


だってそこには「自分」の視点しかないから。


「自分の価値観」はあっても「届けたい価値」もなければ、ましてや「他人は何に価値を感じているか」なんて考えもしなかったから。


「おれはすごい!」

「おれはがんばっている!」

「だから認めろ!」

「おれを認めろ!」


そう言っていただけなのだと思います。


「おれはあいつよりもギターが上手い!」

「おれはこんなに高度な音楽理論を取得してこんなにヘンテコリンな曲が作れる!」

「ギターも歌も作曲も作詞もレコーディングまで全部ひとりで出来る!」

「おれって天才!」

「認めろ!」

「ライブに来いっ!」

「金払えっ!」

「おれと契約しろっ!」


そう言っていただけなのだと思います。


社会が、他人が、そこに「価値」を感じなければ、それが仮にいくら優れているものであっても、ビジネスとしては成立しないし、「価値を提供」していないのであれば、それはいずれは「生きがい」とは感じられなくなってきます。

自分本位の恋愛が長期的には成立しないのと同じ。

うちの会社で超高機能な洗濯機を作ったけど意外と売れなかった、、というのと同じ


「バンドをやるってこーんなに最高に楽しいんだよ!」と世界中の人に伝えたい!!


という価値観に基づいて、人生クソつまらなそうにしている中高生にバンドの楽しさを伝える変なアンちゃん、とかであれば、それは「生きがい」になる可能性がある。

自分にはどんな価値観があって、どんなことに価値を感じていて、でもそれがちょっと最近の世の中足りていないみたいだからみんなにもこの価値を届けたい!!

これって終わりがありません。

終わりのないプロジェクト。

人生をかけたプロジェクトです。

それってまさに「生きがい」じゃないでしょうか。



「生きがい」って「金になるならない」とはまた別の次元の話。

「金になるならない」よりももっと上の次元の話。

そんな生きがいをよぼよぼなじいちゃんとかばあちゃんとかになっても持ち続けて、最後まで「生きがいを感じて」生きていく。

なんかよくないですか?

そんなの、どうですか?

あなたの「価値」って、なんですか?



ではそろそろ僕は夕飯のグリーンカレーを作らねばならないのでまた近々!

応援してます!

人生を変えたい
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