脱サラ起業という選択肢から始めるヘンテコ生活のススメ(1/8)

ヘンテコ自己紹介

人生はいつからでも変えられる。



これは僕自身の体験談です。

どん底の売れないバンドマンが、30代で生まれて初めての就活をしてサラリーマンになり、そして脱サラして自力で稼いで生きていく。

このウンコみたいな人生からなんとかして脱出したい。

「毎日憂鬱だった日々」からの脱出を試みていくなかで、「人生がドンドンおもしろく」なっていったという、僕自身のある意味「人体実験」の成果報告でもあります。


「人生変えたい」と思っているあなた。今の仕事や生き方、収入、やりがいや生きがい、人間関係等に疑問が出てきた、というあなたに、

楽しい話や悲しい話、そんな馬鹿な!と思うようなお笑いエピソードなども交えながら、なにかしらのお役に立てたらうれしいなって思ってこれから僕のヘンテコ人生を暴露したいと思います。

それではいきましょう。第一回のお話です。


これってうつ病なのか?



「はぁ~(;´Д`) なんだか憂鬱、、、」

朝起きた瞬間から、つらかった。

朝起きた瞬間から、憂鬱で憂鬱でたまらなかった。

医者には行っていなかったしそんな金もなかったので、医学的にうつ病だったかうつ病でなかったかは知らない。

知らないけど、たぶんああいう状態が続くことを世の中ではうつ病と呼ぶのかもしれない。



朝起きた瞬間から不安だった。

目が覚めた瞬間から早く寝る時間にならないかって考えていた。

目の覚めたその瞬間から、心臓が締め付けられるように苦しくて、


絶望的だった。



あ~俺はなんで生きてるんだろう、、、



すんません、なんでわたしはいま、生きているのでしょうか?

つらいのですが、、、

たいへん、つらいのですが、、、



バンドは売れない。

そもそも売れることが目的ではなかったけど、とはいえまったく売れない。

ライブをしても、お客さんは人の数よりおそらくゴキブリの数の方が多い。

大好きで20年間続けていた音楽だったけど、だれよりも音楽を愛していたつもりだったけど、でもいつしか売れないバンドマン生活は苦しみでしかなくなっていた。


でもこんなにがんばってきたのに、こんなに大好きなのに、苦しいって。


なにこれ?



混乱していた。

別に後悔はしていなかった。

けど、混乱はしていた。

この先何をしていいのか、まったくわからなかったし、そもそもこの先とか言う前に、今現在が苦しくて仕方なかった。

18歳で世界を代表するミュージシャンになる夢は、気づくと過去の夢になっていた。

32歳になって、達成したい夢が過去にある。


自分は過去を向いていた。



時間は未来にしか進まないのに、自分は過去に向かいたくて、でも過去には向かえなくて、混乱して苦しんでいたのかもしれない。

、、、



とまあ、そんな日々を何年か送っていた僕です。

人は不安になると、自分に自信が無くなると、他人の意見に思いっきり影響を受けてしまう。

それが良い意見でも、悪い意見でも。自分にとって役に立つ意見でも、自分にとって役に立たない意見でも。


「自分が消えた」状態の時、人は他人に意見に右往左往、左右されて、流されてしまう。


たった3年くらい前までは、もっと前向きだった。



もっとイキイキしていた。

コールセンターの深夜アルバイト。10時間シフトで、かかってくる電話は3本くらい。

大学生のバイト仲間と「うんこ味のカレーとカレー味のうんこ」みたいな馬鹿話を延々として、疲れたら寝る。

寝ているうちにシフト時間が終わり、寝てうんこの話をしているだけで1万6000円。

割のいいバイトだった。

でもそんな割のいいバイトもいつしか辞めていて、


32歳の今、僕は派遣社員としてコールセンターで働いていた。



気づくと、音楽をしている時間よりも働いている時間のほうが長くなっていた。

まわりは、くら~い顔したおばさんと、行き場を失った同年代の男たちばっかりだった。

そんなくら~いコールセンター派遣社員生活も半年くらい経った頃だった。


これはもう終わりでしょ。



そう感じ始めていた。

朝起きた瞬間からツラくて苦しくて、職場に行けば暗いおばさんと変な男たち。

バイト時代のように、売れないお笑い芸人や売れない演劇役者、売れないバンドマンに楽しい大学生、みたいな「ゆかいな仲間たち」なんて誰一人いなかった。

派遣コールセンターには、絶望的な空気しか流れていなかった。

これはもう終わりでしょ。

うすうす感じ始めていた。

そんな絶望的な気持ちがつのってきてしばらくしてからだったと思う。


これはどうにかしないと。



「どうにかしよう」という気持ちがようやく芽生えてきた。

だってもう終わってるんだもん。

どうにかしないと俺もこの変なおばちゃんみたいになってしまう。

これはどうにかしないといけない。

そう考えていたのはどうやら僕だけではなかったようで、いつしか一部の同年代男性陣たちも、「どうにかしよう」「就活してみるか」みたいなことを話題にするようになっていた。


32歳。初めての就活。



別に就職したくなかったから音楽をやっていたわけではない。

音楽をやりかったから就職しなかっただけだ。

今となっては、「バンドマン生活」というよりも「派遣社員生活」だし、少なくとも今の「派遣社員生活」は終わっていた。

こんなことを続けるのは終わりにしようと思った。

就活はじめよう。


こうして僕は、32歳にして生まれて初めて「就職活動」なるものに取り組み始めた。

~次回へ続く~


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