脱サラ起業という選択肢から始めるヘンテコ生活のススメ(6/8)

ヘンテコ自己紹介

前回の記事の続きになります~

年齢34歳と10ヵ月、大卒、月収0円。



その年の10月、「プロの社長」である僕には、新たなる試練が立ちはだかっていた。

高々と、立ちはだかっていた。

モリモリと、立ちはだかっていた。

チョモランマという名のその険しい試練は、僕の前にそびえ立っていた。

Googleからお別れのメッセージが届いた朝は、ちょうど彼女が泊まりに来ていた日だった。


「ちょもらんまぁ、、ちょろまんまぁ、、、」



先に起きて青ざめた顔をして「ちょもらんまぁ、、、ちょろまんまぁ、、、」と口から泡を吹いていた僕を発見した彼女は、

「あっ、、、アタシ、今日はそろそろ帰ったほうがいいかな?」

何事か恐ろしいことが起こった、そんな不吉な気配を彼女は察したのだろう。

「ごっ、ごめん、、、うん、、、今日はちょっと、仕事のトラブルがあってさ、、、」

「わかった。じゃあお仕事がんばってね。落ち着いたら連絡して。」

いい彼女だった。

数年後に振ってしまったが、、、

彼女は今、まだ元気にしているんだろうか、、、

「ちょもらんまぁ、、、ちょろまんまぁ、、、」


とにかく頭を整理せねば。



僕は除名処分になった。

あの手この手でがんばって除名を解いてもらうことも、出来なくはないようだった。

が、その道はかなり険しい道であろうことはわかっていた。

だってそもそもがグレーゾーンなんだから。

月収0円なのはしょうがない。

そして除名解除対応に時間を使ったところで月収0円がいつまで続くかは見当もつかない。


割り切って捨てるのみ



であれば、もうこれはこれで割り切って捨てるしかない。

使った時間は戻らない。

サンク・コストのお話だ。

でもこれからの時間の使いようは自分で選ぶことが出来る。

オポチュニティー・コストの問題だ。


俺はカメラ屋だ。カメラはまだ無い。



よし、決めた!



今すぐYouTubeのことは全て忘れて、俺は別の稼ぎ方に移行する!

その日のお昼までにはそう決めた。

そういえば、例のネットビジネス交流会の時に一言だけお話できた100万円の人、そういえばあの人が「カメラ転売」とか言ってたな。

もういちいち最初から調べなおして吟味している時間はない。


よし!俺は今日からカメラ転売をやる!



よくわからないが、俺はやる!

カメラで月収100万円に、俺はなる!!

10代から20代にかけて、失恋で6年間もクヨクヨしていた時期がある。

30代あたまには、バンド生活をあきらめるかどうかで、2年も3年もずっと憂鬱で苦しんでいた時期がある。

僕にはもうこれ以上悩んでいる時間はない。

僕は先に進むことに決めたんだ。

悩んでもなんにもならないことは、もうよくわかってるんだ。

だからよくわからない時でも、とっとと決めて、とっとと前向きに進むんだ。


気づくと僕は、「ヤスシの最強カメラ転売塾」4ヵ月40万円、プレミアコースに入会していた。



入会の募集はとっくに締め切りになっていたが、直接ヤスシ氏本人に会いに行って、その場で「入れてください!」とお願いして、

翌日には持っていないはずの40万円をヤスシ氏に振り込み完了していた。

ここまでですでに、僕のクレジットカードやムジンクンの借入額は200万ほどに膨らんでいたが、

大丈夫!まだ300万円余裕がある!

月収100万円に、俺はなる!

そう言って、僕はその日から「カメラ屋さん」になった。

来る日も来る日も、朝から晩までヤフオク画面とにらめっこをして、

「儲かるカメラ」

を探し続けた。


ヤフオクとにらめっこ



一日12時間はヤフオクをにらみ続けた。

そしてカメラ屋さんになった僕の1ヵ月目の月収は、

8万円。


おお!これは!!

久しぶりに8万円も稼いだ!


34歳11ヵ月、大卒、月収8万円!!!



これは月収0円よりもはるかに大きかった。

8万円自体は大した金額じゃないかもしれないが、それでも始めたばかりの稼ぎ方で8万円というのは、ブログでもYouTubeでも達成できなかった、僕にとっては偉業だった。


そして2ヵ月目の月収。

18万円。

よし!この調子で行けば!!!

もうほとんどサラリーマン時代の月収に近づいてきた!!


サラリーマン月収を超えた日



そして3ヵ月目の月収。

50万円!!


きたぁーーーーーーーーーーーーー!!!!

俺すげー!

俺すげー!!


ネットビジネスを始めて約1年。僕はとうとう月収50万円まで稼げるようになった。


雇われずに自力で稼ぐということ



カメラ転売なんてしょせん乞食のグレーゾーン商法だ。そんなことは百も承知だ。

それでもなんとかかんとか自分の力で月収50万円も稼ぐことが出来たことに対する喜びは大きかった。

俺はサラリーマンとか派遣社員とかアルバイトとか、

誰かに雇われて生きなくても自分で自力で稼ぐことが出来るんだ。

そう体感できたことは、僕にとっては大きかった。


4ヵ月目の月収にびっくりした。



そして4ヵ月目

月収10万円。

あれ、、、?


5ヵ月目

月収16万円、、、


6ヵ月目

月収13万円、、、


夢から覚めたカメラ屋さん



どうやら夢というものは一度見ると覚めてしまうものらしい。


今回はポリシー違反もしていないし、ただ安く買って高く売る、商売の基本に乗っ取って、でもちょっとだけズル賢くやっているだけだ。

だから永久追放になることはないけど、でもこのまま毎月10万円台の稼ぎでは、さすがにマズかった。

だってもう、サラリーマンを辞めて1年経った今、僕の消費者金融やカードからの借入額は300万円を超えているんだから。


迫りくるリボゾーくん



リボ払いの返済だけでも毎月15万円くらい。

そして稼ぎも毎月15万円行くか行かないか。


金利で死むっ!!!


月収100万の男に、俺はなる!

だがその前におそらく、、、


高額利息で、俺は死むっ!



毎日12時間ヤフオクとにらめっこをしたりカメラを拭いたり撮影したり梱包したり、そんな単純作業に追われて必死になってがんばって、月収15万円。

そうだ。そもそもこんなカメラ転売みたいな乞食みたいなことをやっているからいけないのだ。

もっと最新の、もっと勢いのある、もっとシステマチックに簡単に稼げる、そんな理想的な稼ぎ方を見つけなければ!


年収1億円のネットビジネスコミュニティ



気づくと、僕はネットビジネス業界では知らない人のいない「年収1億円」の人のネットビジネスコミュニティに入会していた。

もちろん、持っていない20万円はすぐに支払った。

持っていない金で物が買えるなんて、なんて便利な世の中なんだろう。

心の底から、僕は思った。


原始人だったらもう死んでいた。




群れから離れ、一人で山に狩りに行く。武器は無い。スキルも無い。知識も無い。

イノシシが来て、僕は一発アウト、さようならだ。

でも今は21世紀。サラリーマン時代に作った10枚のクレジットカードと2枚の消費者金融サラ金カードが、僕の武器であり、そして同時に僕のイノシシだ。

ほどなくして、コミュニティの一回目の懇親会があった。

場所は仙台だ。

僕は、持っていないお金で新幹線に乗り、持っていないお金でホテルに泊まり、持っていないお金で参加費用1万円を支払った。


ネットビジネスの強者ども



やはりここにもネットビジネスで長年飯を食っている、強者どもで溢れかえっていた。

しかもここは業界トップコミュニティだけあって、年収何千万と稼いでいる人もたくさんいた。

しかし、僕はもう後には引くことは出来ない。

だって、リボ払いがやってくるんだもん!

ここでビビって逃げても、僕のリボ払いは毎月勝手にやってくるんだもん!!

そう自分に言い聞かせて、僕は奮起した。


カメラ屋さん?なんですかそれ?



懇親会で僕は出来るだけいろんな人に話しかけて、いろいろと情報を入手した。

でもやっぱり、年収何千万クラスの人には、ちょっとビビって話しかけることは出来なかった。

そんな懇親会は、なぜか毎月地方都市で行われるので、僕は無いお金から旅費を作り出して出席した。

リボ払いの返済額は毎月ジワジワと増えていった。

そして4ヵ月くらい経った頃、僕はもう、カメラ屋さんではなくなっていた。

~次に続く~


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