脱サラ起業という選択肢から始めるヘンテコ生活のススメ(7/8)

ヘンテコ自己紹介

前回の記事の続きになります~

謎のビジネスへ



月収13万円のカメラ屋さんだった僕は、もういなかった。

「ヤフオクで300円で売っているものをアマゾンで3万円で売る」という謎の商法を始めたからだ。


もちろん、ないはずの30万円は、即振り込んだ。

親睦会で出会った10歳くらい年下の「先生」に頼み込んで、教えを乞うた。

10歳くらい年下の先生は、会うと弱そうだったが。

でもいざ30万を振り込み、ネットの世界に入るやいなや、天狗のようになっていた。

2チャンネルなどに良くいるような人種だろう。

2チャンネルか5チャンネルか僕は知らないし、気持ち悪いのでほとんど見たことはないが、おそらくそんな感じの人だった。


気持ち悪い人に30万支払ってしまった



30万円を入金して一か月たった頃には、そんな「ネット弁慶」の「10歳年下の先生」に僕のハラワタはグツグツと煮えくり返り、連絡を取るのを辞めた。

30万円支払って、教えてもらったのは1時間だけだった。

高い買い物だったが、もう後戻りはできなかった。

とにかくヤフオク中から300円で売られている商品を見つけては、せっせとアマゾンに出品し、3万円で販売していった。

と、しばらくはそんな作業をひたすら続け、しかしその1年後にはまた別の手法を始めていたり、という僕のネットビジネス模索生活は続いた。


気づくとホントに100万円



そうこうしているうちに、気づくと月収100万円を達成していた。

その頃取り組んでいた手法は、アメリカのアマゾンで3000円で売られているものを、日本のアマゾンで3万円で販売する、というこれまた謎のビジネスだ。

この頃になると、僕は曲がりなりにも「経営者」っぽくなっていた。

システム化したり、作業を外注したり、ということにも慣れていた。

一日15分の労働時間で、月収80万円とか100万円とかが入ってくるようになっていた。


が、もはや先は見えていた。



もっと本格的に詐欺師みたいな人になるか、

もっとグレーゾーンに深入りしていくか、

もっと乞食みたいになっていくか。


選択肢はこの3つだけだった。

どれも僕の望む道ではなかった。


自力で人生なんとかしたいだけ



僕はただ自力で稼いで生きていけるようになりたかっただけだった。

そのための方法として、たまたま当時の自分が持っている知識のなかでは「ネットビジネス」が最適なのでは、と判断して猪突猛進していっただけ。

たしかに稼げるようにはなったものの、このまま現状維持を続けてもまたトラブルで月収0円になる可能性も十分にあった。

実際にトラブルがあり、アマゾンに売上金400万円を1年間入金留保されて困ったこともあった。


気づくと僕は、一日たった15分の労働が苦痛でたまらなくなっていた。



朝12時に起き、ヤフオクで入手した「元祖ファミコン」でドラクエ2をやり、、、

17時から15分だけイヤイヤ働き、、、

でもあまりに苦痛でシとてもラフでは出来なかったので、缶ビールを飲みつつ15分だけ働き、

そしてまたドラクエ2に勤しむ。


俺はいま、なんで生きているのか?



そんな生活を続けていく中で、


あれ、、、俺って何するために生きてるんだろ、、、

そんな、バンドマンを辞めたころのような気持ちが沸々とよみがえってきていることに、僕は気づいてしまった。

これは一刻も早く手立てを打たねば。

そう思った。


慢性的な憂鬱状態は、もうごめんだ。



また以前のような慢性的な憂鬱状態に突入してしまうと、自分がどうなってしまうのか、痛いほどわかっていた。

とは言え、これまでそうだったように

「今日からもうやーめた!」

とやってしまうと、生活が立ちいかなくなってしまうことも既に何度も体験して痛いほどわかっていた。


辞めたいけど辞められない。



抜け出したいけど抜けられない。

そんな思いが鎌首をもたげてきた。

とは言え、「すぐには」無理だというだけで「もう少し中長期的に」考えることで負のスパイラルの袋小路に迷い込まずに冷静に対策をとることができる、ということもわかっていた。

「マインドを上手く使う」というやつだ。


辞める準備から



そして2019年、僕は次の道に進むための準備を始めた。

できればすぐにでも道を移したかった。

「すぐに」「一瞬で」変えることもできる。

が、その代償として借金500万円になったり、「ちょもらんま~、ちょろまんま~」になったりする可能性が非常に高くなることもすでに体感レベルで理解している。

じゃあ今度はまずは準備から始めよう。

1~2年のスパンで移行できるように、しっかりと先を見て準備を進めよう。

そう考え、僕は一日15分のとても長くて苦痛な労働はいったん続けつつ、その他の23時間45分の短い時間を準備に使っていく、新しい人生の準備を始めることにした。

~次に続く~


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