[人生つまらないと思ったら] 狂気の芸術のススメ

人生を変えたい

「ギヤー!ギヤー!!助けてー!!! ギヤー!!!」


絶叫していた。

先日、池袋の新文芸坐で観た映画「Under Your Bed」のワンシーンだ。

旦那に強烈な暴力を振るわれ、レイプされ、殺されかけ、そして最後はストーカー男に救出される。


そんなストーリーの作品。



2本立て上演のうちのもう一方「よこがお」を見に行ったんだけど、もちろんこちらもよかったけど、2本目に上映された「Under Your Bed」のインパクトは大きかった。




「アートとは、それに触れたものの心に傷を残すものである。」



社会学者の宮台真司さんの言葉だ。

正確にどう言ったのかは覚えてない。

が、そんなことを言っていた。




そう。芸術とは狂気であり、そしてその狂気、つまり「キチガ○」ぶりの凄まじさゆえに、

それに接した人の心にある種の「傷」を負わせる。



傷を与えてはじめて芸術なのであり、そうでなければ別に無くてよい。




「よこがお」も、主人公の介護士の女性の心が徐々に崩壊していくお話だ。

どちらも人間の持つある種の狂気を表現していて、僕は見てよかったと思えた作品だった。





先日上野に見に行った「ゴッホ展」でゴッホの作品を見た時にも、ある種の狂気を感じた。

ゴッホさんは、自分の耳を自分で包丁で切り取ってしまうほど心を病んでいた。

その人生末期の頃の作品は、非常に色鮮やかで明るい色使いなのだが、

それが逆に僕には狂気に映った。




重度のうつ病の人間が、渋谷を笑顔で裸でピンク色の旗を持って全速力でダッシュする。

イメージできるよう例えるなら、そんな「狂気」を感じた。




映画監督の園子音さんのかつての作品群も、やはり狂気に満ちた世界だった。




観ると心に傷を負う。

だから良い。




狂気は、現実世界に持ち込んではならない。

だからこそ、芸術世界は狂気でなければならない。

意義は大きい。




アーティスト自身が狂気に満ちている場合。

あくまで「作品の中」で人間の狂気を表現する場合。


どっちでもいい。




芸術家の中には、気が違ってしまい早くに死んでしまう人もいる。

でも芸術家である以上、そのくらいの生き方のほうが、きっと良い。




死や暴力、セックス、恐怖を扱う狂気は、やっぱり映画という媒体が一番リアルに表現できる。

絵画や音楽でも精神の狂気は表現できる。

けどより抽象的表現になってしまうので、受け取り手を選ぶ媒体だ。

「衝撃」は受けても「傷」にまで至るかどうかと言われると、難しい。




「声」で狂気を表現するのは簡単だ。

でも「楽器」で狂気を表現するのは難しい。

一番表現しやすいのは、サックスかもしれない。



フリージャズの完全にイッチャッテル演奏などを聴いたりすると、やはり「ああ、イッチャッテしまったのだな」と感じる。

一番「声」に近い楽器だからだろう。




声は人や動物の出すものだ。

声の裏には命があり、生命がある。

だから「受け取りやすい」「感じやすい」のだろう。




人と出会い、人生が変わることはある。

映画の中の「人」を見て、心が震え感じ考えることはある。




楽器を聞いて、同じような意味で人生が変わることは、あるだろうか。

絵や彫刻を見て、同じような意味で人生が変わることは、あるだろうか。




楽器を演奏している人を見て、憧れて楽器を始めることはある。

人の描いた絵を見て、その人をより深く感じることはできる。




やはり、人なのだろうか。

やはり、人なのだろう。

やはり人なのだ。




そして人が通常、一般生活では見せては、見ては、ならないもの。

しかし同時に、人が元来生まれ持っているもの。

それが狂気。




アートを通してのみ表現できるもの。

というよりもむしろ、アートという枠組みの中でしか、表現することが社会的に許されていないもの。

それが狂気。




現実世界に狂気を持ち出してはならない。

でも現実世界しか見えなくなっている人生も、やはりヤバい。




息苦しく、感情も動かず、「アタリマエ」に溢れていて、

僕らの心も、頭も、劣化してきてしまう。




劣化してきた成れの果てとして、街中で突然包丁を振り回す、という狂気が現出してしまう人がいる。

これはマズい。

社会では、これは許されない。

現実世界で、他人に「迷惑」では済まされないレベルでの迷惑をかける。





でも「アタリマエ」のみを生きる人生。

これもまた、マズい。


そう僕は思う。




人はみな、狂気を秘めて生まれてくる。

人とはそういうものなのだからしょうがない。



人類は、もともと頭が狂っているのだ。

頭が狂った人の考え付くことなど、そもそも狂っていることなのだ。




しかし「そこまで狂っていない」前提で、社会は回っており、

「そこまで狂っていない」と言いつつも、やはり暴力も戦争も無くなることはない。




人類は、もともと頭が狂っている。

人間は、狂気を秘めて生まれてくる。




そして便利なことに、アート・芸術の世界では、現実世界で誰に迷惑をかけることなく、これを思う存分表現でき、それを思う存分受け取ることができる。


劣化した僕らの心に傷を与え、感動させてくれる。

感動した僕らは、少しだけ劣化してない自分に戻れる。

心に傷が付き、そしてその傷から確かに何かを感じ取る。




日本人の感情が劣化した、と言われて久しい。


劣化したいなら、すればいい。

不感症が好きなら、それでよい。




でも、感じるほうが、面白い。

感じるほうが、気持ち良い。


そして人は、それが狂気であればあるほど感じる生き物なのだ。



僕は、感じたい。

あなたは、どうですか?


いかがでしょう。

狂気の芸術のススメです。



人生を変えたい
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