[仕事がつまらなすぎる] その感覚さえ残っていれば、あなたは人生変えられますけど?

人生を変えたい

父と子と聖霊の御名によって、エイメン。

仕事がつまらない。そんなあなたにも、エイメン。

そしてあなたは、「エイメン」で良いのでしょうか?


ホントに?

本当に??



僕の友達で、こんな男がいます。




男は、某有名警備会社で36時間シフトの警備員をやっていた。

36時間シフトって・・・

と思うけど、男いわく、36時間いつでも出撃できるよう、車に乗って町を行ったり来たりし続ける。


そういうことらしい。




36時間寝てない人間が運転していることのほうが、そこらのコソ泥よりもよっぽど危ないのでは・・・



と思ったりする。

が、警備会社というのはそういうものらしい。

そして男は思ったのだ。

なんだこの仕事は・・・と。




26時間起きていてフラフラになった俺が、特殊警棒みたいな変な棒一本持って、酒場で暴れたヤクザみたいな男と戦わなくてはならない。


なんだこの仕事は・・・と。




暇を持て余し用もないのに通報ベルを鳴らした金持ちじいさんの家に出撃し、32時間寝てないのにじいさんの昔話に延々と付き合わされる。


なんだこの仕事は・・・と。




合っても無くてもどっちでもいいエロビデオ屋から通報があり、35時間寝てない俺が、エロビデオをめぐって言い争いを始める変なジジイを取り押さえなくてはならない。


なんだこの仕事は・・・と。




男は心の底から思ったのだ。

なんだこの仕事・・・

もう辞めてえ・・・

と。




父と子と聖霊の御名によって、エイメン。

男は上司に「俺、もう辞めてえんで・・・」

そう伝えた。



が、上司は辞めさせてくれなかった。




すまんが、オマエも知ってるように、うちは人手不足だ。うちだけじゃない。業界全体で人手不足だ。オマエに辞めてもらわれては困る。

うちだけじゃない。社会が、街が、オマエを必要としているんだ。


わかるな。

辞めてくれるな。




男は、辞めさせてもらえなかった。



別に仕事を辞めてはならない、という法律は無い。

日本で仕事を辞めてはならないのは、天皇陛下だけだ。

絶対に辞めてはならない職業がくっついて生まれてくる。

それが天皇陛下だ。



平成天皇は、辞めてはならない職業をお辞めになるにあたり、想像を絶するご苦労をなさったことだろう。

が、僕らはあくまで「国民」であり、「象徴」という辞められぬ職業を背負って生まれてきたわけじゃない。


辞めても別にいい。



2週間だか1ヵ月だか前もって伝えておけば、まあ辞めても誰にも僕らを訴える権利など無い。



でも辞められない。

実際問題、辞められない。

そうは言っても、辞められない。




男は「辞めたいです」宣言を出してから半年間、36時間シフトの「なんだこの仕事は・・・」を続けていた。

半年経ち、いよいよ身も心もボロボロになり、ヤクザみたいな人と喧嘩をしたり、暇なじいさんのいたずらに付き合ったりすることに、ホトホトだった嫌気もいよいよマックスに、そうマックスバリューに、マック鈴木に、なっていた。



ネタが古すぎてわからないだろう。

マック鈴木は、昔の大リーガーだ。

そしてそんなことはどうでもよい。


男の話に戻る。




男は、このつまらなすぎる、くだらない仕事を続けるという、そんな毎日にとうとう終止符を打ち、

妻と3人の子供と横浜市におったてた一軒家のローンを抱え、


世間的には無職


となった。




自分だけならまだいいが、愛する妻も、まだ小さい子供を3人も抱えている。

セックスし過ぎかよwww

そんな僕のイジワルに耐え忍び、男はたくさんセックスをして、たくさんの子孫をこしらえてしまっていた。




横浜市におったてた一軒家のローンは月に12万。

月収0円。

職業不定。


社会的には「無責任」だ。




男の壮絶な36時間シフトの実態を知らない99.99%の日本人から見れば、男は「ダメ男」であり「ならず者」であり「ふざけんな」だ。

だがしかし、男は辞めたかったのだ。

そして仕事は、辞めてよいのだ。




しかし、まちがってローンと奥さんと子供たちという巨大な責任を背負ってしまっているのだ。

さてどうしたものか。




男には、頭は切れるがちょっとワルな親友が二人いた。

そしてこのワルな親友2人が、このあと男を救済することになる。



男の話を聞くにつれ、「友達って大事だな~」つくづく思う。

僕は友達よりも仲間よりも「俺の道」を貫いて、最初の32年間生きてきた。

その結果、孤独と向き合うことが多かった。

だから、孤独に慣れているし、孤独でも良いと思っていた。


1ヵ月、誰とも口を利かない日々もアタリマエだった。

別になんてことはない、そう思っていたし、実際なんてことなかった。



しかし今、男の話に耳を傾け、男のその時の状況を想像してみればみるほど




友達って、重要ですね。

友達って、大事ですね。

仲間がいるって、マジサイコーっすね。




ホントそう思う。



話が逸れた。

男の話に戻ろう。




男には、頭が切れるがちょっとワルな友達が2人いた。

頭は切れるがちょっとワルな友人2人は、男に「アフィリエイト」なる稼ぎ方を伝授した。


彼らは、すでに一か月100万も200万も稼いでいる強者たちだった。




男は、来る日も来る日も奥さんには出勤を装い、子どもたちには「パパお仕事行ってくるね!」と嘘をつき、

隣の駅の駅前の、ちょっと広めの喫茶店に「出勤」した。




頭は切れるがちょっとワルな仲間たちは、毎朝そこに集合し、

すでに強者となった仲間たちが、男に「アフィリエイトの稼ぎ方」を手取り足取り伝授する。

そんな日々だった。




一か月もすると、男は月収60万円になっていた。

もちろんホントは出勤なんてしていない。

アフィリエイトで稼いだ金だ。




そうこうしているうちに、3ヵ月が過ぎ、

男は隣駅の喫茶店へと足しげく通い、アフィリエイトという名の誇大広告の作成に精を出し、そして家族を支えられるほどの金をしっかりと稼ぎ出していた。


もうそろそろいいだろう。


男は意を決して妻に打ち明ける。


おれ、実はずいぶん前に仕事辞めてるんだ。




動揺する妻に、事の始終を(ちょっとワルな部分だけを除いて)全て伝えた。

妻を説得し、妻は納得した。

男は今、アフィリエイターとして新たな金稼ぎの道を歩き始めたのだ。




そんな話を聞いて僕は思った。

そうか、「仕事」ではなく「金が稼げれば」よかったのか、と。


「仕事」という言葉は時に便利で、時にアイマイで、そしてたいていは僕らの生き方・考え方をガンジガラメに縛り付け、僕らを翻弄し、僕らに苦悩や苦心、苦痛を与え、僕らを右往左往させ、


そして「仕事」は僕らを生き殺しにする。



ことがある。




そうじゃない人はラッキーだし、それでいい。

でも「そうじゃない」じゃない人が、世の中にはたくさんいる。

かつての僕もそうだったし、あなたも今そうなのかもしれない。




「仕事」。


この概念に取りつかれ、呪われて、そして僕らは人生を見失う。



「仕事」ってなんだろう?

「仕事」ってなんですか?



金を稼げればなんでもいいのか?

やりがいが、重要なのか?

はたまた「役に立ってる感」が欲しいのか?

それとも「楽しい」と感じることが重要なのか?

もしかして「全部」必要なのか?




そんなことを考えていた時、僕は便利な考え方に出会った。

脳科学者の苫米地英人先生は、こう言った。



「職業」は、「社会の役に立つこと」をすること。

「ファイナンス」は、「出る金と入る金のバランスを取る」ためにすること。




そうか。こう分けて考えると、腑に落ちた。

とっても腑に落ちた。




「仕事」という漠然とした、一見もっともらしいけどでも曖昧な言葉に縛られてよくわかんなくなっていた僕としては、空を覆う雲が一気に晴れたような、そんな言葉の定義だった。



そう考えると「アフィリエイト」は「職業」ではない。

少なくとも、男にとってそれは職業ではないだろう。

金のバランスを整えるための活動なのだから、これは「ファイナンス」活動だ。




証券会社や信託銀行に金を預け「運用」してもらう。

これもファイナンス活動だ。


別に世のため人のためになりたいから、資産を運用してもらうわけじゃない。

どうせ銀行に入れておいても金は増えないんだから、だったらもうちょっと利息高いとこに預けておこう。


だたそれだけだ。

これはファイナンス活動だ。




アフィリエイトは誇大広告とグレーゾーンの巨大な海の中を上手に泳ぐ行為なので、それ自体が「良いこと」なのか「悪いこと」なのか、微妙だ。


でもこれは、「ファイナンス活動」であることは間違いなく、

その意味においてのみ、で考えれば

信託銀行に預けるよりも間違いなく手持ちの金が増える「優れたファイナンス」活動だ。




男にとって「警備員」は職業ではなかった。


警備員は人の役に立つ、素晴らしい「お仕事」ではある。

「職業」としてやっている人もいるだろう。


が、男にとっては警備員なんて「クソ」であったのであり、


ああツラい・・・

早く辞めたい・・・

なんなんだこの仕事は・・・・


だったのも確か。




男にとっては警備員は職業ではなく「ファイナンス活動」だった。

給料高けりゃなんでもいい、そういう活動の中で「たまたま」警備員という活動を選択していただけ。

じゃあ別に警備員である必要もないし、「金の収支を合わせる」活動のみに「人生の全て」をかける必要なんてもっとない。



じゃあアフィリエイトでもいいじゃん。

そういうことだったんだろう。




「仕事がつまらない」


それが「職業」であれば、「やりがい」「誰かの役に立ってる感」は必ず感じる。

そして感じるからこそ「ああ、自分ってなんて素晴らしいことしてるんだろう」感も感じる。

自尊心は、上がることはあっても下がることはない。




「ファイナンス活動」でしかないのに、そこに関係の無い「責任」を感じてしまい、関係の無い「やりがい」を求めてしまい、関係のない「楽しさ・充実感」を求めてしまい、しかしながら、一番求めている「金」は大して入ってこない。



だから「いや」にもなるし「つまらない」し、「辞めたい」と感じて当然だ。

至極当然、あたりまえ。




そんな「仕事がつまらない」は「非常に正常な」感覚だし、そんな正常な感覚がまだ残っているのはありがたいしラッキーなことだ。

そんな感覚さえ消えてなくなってしまって、何も感じないで、何も疑問を持たないで、ゾンビみたいに街を徘徊する人間モドキのサラリーマンには、少なくともあなたはなってしまってはいない。




「仕事がつまらない」その感覚は、大切だ。

とっても大切だ。




その感覚があるからこそ、今一度「職業」と「ファイナンス」に分けて、頭と心を整理してみる。

僕はそうしてみた。




その結果、職業不定で、「利回りの良い」ファイナンス活動のみで、ここ数年は飯を食ってきた。

職業がないのは、「つまらない」と感じた。

なので、職業として「人の役に立つこと」をもっとしてみたい、と今の状況になって初めて感じることができた。




「仕事がつまらない」その感覚は、大切だ。

とっても正常だ。




正常だからこそ、その感覚を自分がもっと楽しく生きていくために使う。

正常だからこそ使えるし、正常だからこそその感覚を使ってもっと良い人生に変えていくことができる。




もちろん努力もいるし、新しい知識を身に付けたり、新しい人に出会ったりする必要は、絶対にある。



そんな時、「ちょっと変な生き方」をしている「仲間」が「友達」がいることって、実はすっごい役に立つし心強い。


男は僕たちにそれを教えてくれた。




自分もちょっと変な生き方をしてみればいい。

知らぬ間に誰かに勝手に押し付けられていた「普通」に生きるなんて、辞めちゃえばいい。



そして仲間を作ればいい。

大切にすればいい。

教えてあげればいい。




自分が苦悩の沼地にずぶずぶと足を取られてしまった時、変な仲間は助けてくれる。

仲間が沼にハマってしまった時、変なあなたが助けてあげればいい。



「普通」という名のドロドロの沼地にはまり込んで抜け出せなくなっている人生。




あなたの言う「仕事がつまらない」って、つまりどういうことですか?


職業のことですか?

ファイナンスのことですか?




あなたは「普通」という名の沼に、足を取られてしまっていませんか?



普通なんて、辞めちゃえばいいのに。



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