[人生激変のために] あなたは、ひとりじゃない。あなたは、沢山いる。

人生を変えたい

「ああちょっとキミ、この書類、やっつけといて。」

「課長!承知いたしました!」



「お父さん靴下クサいっ!近寄らないで!!!」

「ごっ、ごめん・・・」




この「課長」と「お父さん」は同じ人物だ。

仮に田辺さんとしよう。



田辺さんは、「田辺課長」でもあり「靴下の臭いお父さん」でもある。

そして「田辺課長」を演じている時の田辺さんと、「お父さん」として娘にイジメられている時の田辺さんは、それぞれ違う人格だ。



同じ田辺さん。

でも確かに違う田辺さん。




人は、たくさんの人格を持つことが出来る。

たくさん持って、うまく使い分けることが出来る。




うまく使い分けることが出来ないと「解離性障害」というわかりにくい病名のつけられた「多重人格」障害として扱われる。

多重人格なのが問題なのではなくて、うまく使い分けられないのが問題なのである。



つまり、本質的に人類はみな「多重人格」なのである。




「真夜中は別の顔」


25年くらい前だろうか。

シドニー・シェルダンのそんなタイトルの小説がバカ売れした。



そう。

人はみな、もともと「真夜中は別の顔」なのだ。

むしろ「別の顔」でないと困るのだ。




だって、愛する人と「交尾・合体」している時の自分と、「会社で部下に指示を出す」時の自分が同じだったら、自分が困るわけだ。



「ちょっとキミ、乳首と乳首の間の距離、これを23cmに保っといて」

セックスしている時、そんな「課長」みたいな指令を受けたあなたの愛する人は、やはり困るわけだ。



「はぁ、はぁ(*´Д`) ちょっ、、ちょっと、はぁ(*´Д`)、キミ、しょっ、書類を、はぁ(*´Д`)はぁ(*´Д`)」

これでは部下も困るわけだ。





「自分が一人しかいない」と、みんな困るわけだ。




「違う自分をいくつか持っていてくれないと」世界は混乱するわけだ。




たくさんの自分は、持っていてあたりまえ。

なのにほとんどの場合「それはあまり意識に上がってこない」ことでもある。



僕らはみな、「無意識に」多重人格を上手に使い分けて生きている。

「多重人格」とか突然言われると、なんだかおかしなことのように聞こえる。


でも確かに、意識に上げてみると「いろんな自分」は存在する。




会社の自分と、セックスしてる時の自分、確かに違う。

だいぶ違う。




ほとんど別人と言っていいほどに

全然違う。




人格がたくさんある。


自分は一人ではない。

自分がたくさんいる。



それでいいわけだ。

そうじゃないと困るわけだ。





難しい言葉で言えば「人は、複数のゲシュタルトを持つことができる」ということ。

でも、「複数のゲシュタルトが同時に表出する」ことはない。

言い換えると「同時に二つの人格」になることはできない。




仕事の時は課長人格。

真夜中はエロいおっさんの人格。


それぞれ違う人格だけど、「課長とエロいオッサン」を同時にやることはできない。



「キミ、この書類を」とマジメに言いながら、同時に「はぁ、はぁ(*´Д`)」と言うことはできない。



マジメかはぁはぁか、どちらか一方を自動的に選んでいるし、同時に両方選べない。




「東電OL殺人事件」という有名な事件がある。

彼女は、昼間は「すっげー優秀な、あったまキレっキレな、東電で最初の女性役員」だった。

そして夜には「渋谷のラブホ街で立ちんぼ娼婦」をやっていた。



どちらも彼女であり、でも片方の彼女は、もう片方の彼女とは似ても似つかぬ彼女。




東京は五反田というエリア。

ここは東京一の「SM街」だ。


優良企業の部長さんは、毎晩毎夜、このエリアに足しげく通い

SM嬢に踏まれて、けられて、みずから進んでオムツを履き、

自分で漏らしたうんこを、自分で食べて喜んでいるわけだ。




優良企業の部長さん。

そしてオムツを履いてうんこ食うおっさん。



とても同じ人だとは思えない。

とても同じ人格だとは思えない。



でもおっさんは確かに同じ人なのであり、

しかし確かに違う人格でもある。




おっさんが「部長」の時、おっさんはうんこを食うことはない。


SMプレイでモリモリとうんこを食っているおっさんは、部長のおっさんではない。



おっさんは家に帰れば「靴下クサいパパ」として娘にイジメられてミジメな思いをしている、弱いおっさんかもしれない。




しかしこれらはすべて、確かに同じおっさんなのであり、

そしてこれらはそれぞれ、確かに違うおっさんなのである。





あなたは、ひとりじゃない。あなたは、沢山いる。




人格は、たくさん作って自由自在に使い分けられる。

そう。そういうことだ。




そして、この「真実」が、実は「人生激変」させたい時にとっても役に立つ。


だって自分を作っていいのだから。

新しい自分を、いくらでも作って自由自在に操っていいのだから。


みんな、もう既に無意識でそうやって生きているんだから。




でその結果が、これまでの「つまらない」「ツラい」人生だったのなら、

じゃあ新しい人格、もっと面白いことが起こるような人格、もっと仲間が集まってくるような人格、もっと金持ちになれる人格、


勝手に作っちまえばいいじゃん。



だってもうすでに、みんなそうやって生きてるんだから。

人間とは、そもそもそういう生き物なんだから。




人格を作るも変えるも個人の自由。



他人に大きな迷惑をかけない限りにおいて、どんな人格をクリエイトして、どんな人格をプロデュースするのも、

あなたの自由で、あなたの勝手。




そしてそれはごくごくアタリマエのこと。

じゃあやればいいじゃん。

そういうこと。




違いますか?

いいえ、全然違いません。





「自分」という名の「乗り物」があり、「人生」という名の「物語」がある。

そこで、自分自身がどんな物語のクリエイターになろうが、それを自分でどうプロデュースしようが、自分の勝手で自分の自由。



だよね?

ですよね?

違いますか?




別に「マジメなサラリーマン」の自分とは別に、「うんこ食う自分」がいてもいい。




優良企業の部長さんは、みんなやっている。

ちょっと言い過ぎた。

優良企業の部長さんの中には「やっている人もいる。」




お巡りさんだって家に帰ればエロビデオくらい観たいわけだ。

だって「安田さん」とか「木島さん」とかいう一人の「人間」という乗り物の中に、自分で書いたストーリーの一つが「お巡りさん」という「職業・役割」なのであって、家に帰れば別のストーリーがあり、デートに行けばまた別のストーリーがある。




あるし、あって当然なわけだ。

そのストーリーをどう描いて、どうプロデュースしていこうが、安田さんや木島さんの勝手なわけだ。




僕ら人類は、時として職業のイメージに引っ張られ過ぎることがある。




警察官のくせに!

消防隊員のくせに!

芸能人のクセに!

社長のクセに!




消防隊員や芸能人は、その人が描いたその人の「お話・ストーリー」の一つなのであって、「それがその人の全て」ではない。全然ない。



別に人間だ。

飲み過ぎてついうっかり喧嘩しちゃうことも、

そそのかされてついうっかりヤクザと仲良くなっちゃうことも、


そりゃああるでしょう。




だって人間だし。

人類だし。




ストーリーはたくさんあるし。

人格はいっぱいあるし。




法を犯してはいけないけれど、ちょっと間違っちゃうことくらい、だれだってあるでしょう。

急いでて、赤信号わたっちゃうことなんて、みんなあるでしょう。




それを、「**お好きな職業名を入れてください**」のクセに!!!


っていうのは、そもそも人類をわかっていない人のセリフだ。



で、それをそのまま、自分自身にもやっていませんか?




そういうことだ。

あなたは一人しかいない。

でもあなたは確かに沢山いる。



そういうことだ。





人格がたくさん持てるんだから、もっと持てばいい。

もっと愉快な人格を作って、動かしてみればいい。

「新しい人格の運用」してみればいい。


「ちょっと変な人」な人格、人生をもっと面白く生きていくために敢えて一つ二つ作って、プロデュースして、演出していけばいい。



だって人間って最初からそういうもんだし。

僕らは元からそういう風にできてるんだし。




そんな僕たち人類の性質を逆手にとって、「自分がもっと楽しく生きていけるように」上手く使っていけばいい。




違いますか?

わたし、なんか間違ったこと、言ってますか?




いいえ、違いませんし言ってません。




あなたは一人じゃない。

あなたは今週、どんな人格、作ってみますか?




じゃあまた会おう。




人生を変えたい
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