[告白原論] 恋愛に苦手意識を持つ孤独な男が女の子ちゃんをゲットするために

恋愛

「僕と付き合ってください!」

「えっ???え~!!!アタシそんな・・・」


「じゃあ来週から付き合ってください!」

「えっ???来週ってwww」


「じゃあ来週+3日後から付き合ってください!!」

「えっ、ちょっとなにそれwww」




こんにちは、早川です。

まず結論から言う。


あなたは「告白」という概念にとらわれ過ぎている。





自分でも気づかぬうちに「告白教」に入信し、

告白教の教えを全て信じ込み、

告白教のありがたい教えに従って「告白しなければならない」と自分を追い込み、そして



①恥ずかしくて告白できない

または

②告白してもフラれて

しまっている。





結論から言う。


告白なんてありません。

告白はウソです。

告白は詐欺です。

告白は洗脳です。





「入れてみないとわからない。」


これは20代の頃の僕の親友の女の子ちゃんの一言だ。

「何を」「どこに」入れるのかはあなたのご想像にお任せしよう。



「入れること」を伴う行為を大切にしている人にとって、告白されたか否かなど何の意味も持たない。

まずは入れてみてから全てが始める、または終わる、わけだ。





僕は青春時代の6年間をアメリカで過ごした。

アメリカ人は、そもそも「告白」という概念を持たない。




デートに行き、入れてみて、またデートに行って入れてみたいか否か。

彼らはそんな「思い」を大事にする。




告白なる「儀式」などは行わない。

実際問題「この人と一緒にいたいと感じるか否か」が大切なわけだ。





日本人はどうしても「儀式」を「ああそうですか」と無批判で受け入れ、「儀式にとらわれ過ぎてガチガチになって結局人生うまくいかない」ことになりがちな悲しくも切ない民族だ。



告白なんてしなくてよいのだ。

「また会いたい」と思わせられるかどうか、それが全てだ。




また会いたいと感じていない人に告白なる「儀式」をされたところで、また会いたいと思わないものはまた会いたいと思わないのだ。

「だってしょうがないじゃん。また会いたいって思わないんだもん。」


そういうことだ。





ということは、要するに「また会いたければ」なんでもいいわけだ。

こう考えると可能性が大きく広がる。




「勇気を振り絞り、告白をする」

そんなことにはクソほどの価値もないし、可能性を「ただ一つの道」に閉ざしてしまっているだけだ。


これはもったいない。

もったいなさすぎる。




でも「また会いたいって思ってもらえるように工夫してみる」だったらいろいろアイデアは思いつく。

「相手の気持ち」を一生懸命想像して、「いかにすれば相手が喜んで、楽しんでくれるのか?」を一生懸命考えて、相手の気持ちだけにフォーカスして、いろいろ考えて、いろいろ試してみる。




これだったらやりようはいくらでもある。

自分のアイデアは自分のものだ。




「告白」なる意味不明の日本の通過儀礼に縛られ、となりの男と全く同じ行動を取り、結果失敗し、落ち込む、というのとは、だいぶ違うプロセスだ。




女の子ちゃんは100人いれば100人違う。

100人100色だ。


みんなそれぞれ違う人間なのに、全員に同じことをやっていてうまくいくはずがない。

告白なんて、意味がない。





「まずは入れるもん入れてみないと」また会いたいか会いたくないか決められない。

そんな女の子ちゃんもいる。



「付き合うまで最低3ヵ月は友達として過ごしてみないと」

という自分ルールを決めて生きている女の子ちゃんもいる。



「職業名と役職と収入」

のみにフォーカスをしている切なくも悲しき女の子ちゃんもいる。





そんな女の子ちゃん達に対し、「告白」などという日本の意味不明な儀式は何の意味も持たないのだ。



入れるもん入れて他の男とは比べ物にならないほど満足させたり、

3ヵ月過ごしてほかの男とは比べ物にならないほど楽しませたり、

職業名と役職と収入を他の男とは比べ物にならないほど上げたりすることのほうが、


「告白」

なんぞという意味不明な儀式をとり行うことよりも何百倍も意味があり、何千倍も効果的だ。




まずは相手の気持ち、相手の望みをしっかりと想像してみる。

合ってる間違ってるじゃなくて、想像してみる「姿勢」こそが一番重要なのだ。



そもそもそんな「姿勢」を持たない男が大半の現代日本において、その「姿勢」を獲得するだけですでにライバルとは大きな差が付いている。

姿勢を持っただけでうまくいくことも多いだろう。



でもさらにうまくいかせたいならやっぱり自分を磨かないといけない。

「自分磨き」だ。






女の子ちゃんたちは日々、大枚はたいて高い化粧品を買い、

ダイエットをし、おしゃれな服を買い、

クツは10足も20足も30足も集め、

ほとんど誰にも見られることのない下着にさえ大枚はたいてお洒落なものを揃え、、、

なんだかよくわからないローラーを買って顔のマッサージをし、、、


そんな「自分磨き」に余念がない。





一方「告白」などという意味不明の儀式にのみ意識が集中してしまって、女の子ちゃんを射止めることのできない悲しくも切ない男たちは、


自分を磨くことをしない。

一切、しない。

まったく、していない。



磨いている女の子ちゃんに興味を示すクセに、自分は一切磨いていない。


それでは試合が始まる前に勝負は決まっている。

1万 対 0でコールド負けノックアウトだ。

そんな戦況の中、「告白」なんぞしようがしまいが何の意味もない。




野球のルールもしらない小学2年生が、大リーガーのスーパースターに勝負を挑んでいるのと、大差はない。




違う。

磨かなくてはならない。




相手の気持ちを相手の気持ちになって想像し、一生懸命キンタマを磨き、そして相手が喜んでくれるように精魂込めて動く。



それからはじめて「付き合ってください」を言ってもいいし、言わなくてもいい。

「また会いたい」と思ってもらえた状況では、儀式なんぞしようがしまいがどっちでもいいし、どうでもいい。

だってまた会いたいんだから。




もちろん、女の子ちゃんが儀式を重んじる人である場合もある。

そんな場合でも、まず最初に「また会いたい」と思ってもらってこそ、はじめて「告白」は意味を持つ。


告白自体には何の意味もない。




「少年よ、大志を抱け。」

クラーク博士は、札幌の男子たちにこう言った。

そう、大志を抱き、そして己を磨くのだ。


僕は今、あなたにこう伝えたい。



「少年よ、キンタマ磨け。」


全てはそれからだ。




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