孤独感じますか?みんな人生けっこう孤独なんじゃないかと、最近思う [孤独な僕は人類求めて] 第9 回

孤独脱出記 [人類求めて]

「僕は孤独なんです。」

きのう、コーチングの先輩たち数名とお話をする機会があり、僕が発した一言だ。



先輩コーチ達と僕とで、いろいろ人生について語り合っていた。

みなさんのことはプライバシーに触れるといやなのでここではお伝えしない。

が、僕はそんな「自分の孤独」について、少しお話させてもらった。



今年2020年の僕のテーマは「孤独」だ。

正しくは、「孤独からの脱出」だ。



年末年始に、僕は今後の人生への理想や野望などを一人妄想していた。

セルフ・コーチングをしているので、基本的には毎日ずっと「将来のゴール」のことばかり考えている。



が、年末年始の「日本人の人生振り返りタイム」を活用して、もうちょっと深く、もうちょっとディープに、一人妄想していた時、


僕は、ふと気づいてしまったのだ。

わかってしまったのだ。

正しく認識してしまったのだ。


自分が孤独感に苛まれている、という事実を。




カッコつけて「ふっ、男は孤独な生き物なんだ。最高だぜっ。」みたいに冗談混じりで言う人はいる。

が、なかなか自分のことを「孤独でつらいです」とストレートに宣言する男というのは、少なくとも僕の周辺ではお目にかかったことがない。




自分自身で認めづらいから。

非常にかっこ悪いから。

アブナイ人みたいだから。

せめて人前では人生うまくいっている風な自分を演出したいから。



理由は人によっていろいろあるだろう。

でもあらためて「孤独」という視点から僕の知り合いや知人たちのことを思ってみると、


意外とみんな「孤独感」を感じているんじゃないか?

「孤独」こそが、モテないだの転職だの暇だのつまんないだのという諸々の問題点の根っこにある「根本的な問題点」なのではないか?


そんな風に思えてきた。




そして自画自賛だが僕は一般的な日本人と比較すると「異常」なレベルで心が広いので、

具体的に言えば「うんこ」から「麻薬」から「おじさんにパンツ売った」から「失恋」から「童貞」から「3P」から「不倫して別れさせた」から「転職したい」まで

「そんなの当たり前じゃん」というノリで語り合うことができるので、だからそこ、そんな「人にはなかなか言いづらい話」を打ち明けてくる連中が多いのではないか?

そして彼らのそんなうんこからのパンツからの不倫からの人生観といった悩みや課題を、当たり前のこととして語り合えるような仲間が、(僕を除き)彼らにはいないのではないか?


そんな彼らはそもそも論としてなにかしらの孤独感を感じているのではないか?

なにかしらの孤立感に苛まれているのではないか?


そんな風にも思えてきた。




そんな僕自身、ここ数年間「もうちょっと人に会いたいな」「もうちょっと人と接して生きたいな」とは漠然と思っていた。

が、まさか自分が「孤独」だとは認知していなかった。


が、認知してしまったのだ。

年明け早々、僕は自分の孤独を認知してしまったのだ。





「このまま孤独に生きたいのか、否か。」


僕が常々この阿呆ブログで書いていること。それは、

あなたはそう在りたいのか、在りたくないのか?


在りたければそう在ればいいじゃん?

在りたくなければ、変わればいいじゃん?


簡単でシンプルなことじゃん?



そういうことだ。




僕はそういうものの解決法でものを解決する。

コーチング的思考法の「基本のキ」だと思っている。




そして、まさか自分が孤独だったと認知した今、僕は自分にこう問うてみたのだ。


「このまま孤独に生きたいのか、否か。」



答えは一瞬で出た。

「否。」

だった。




それまで僕は「もっと個性的な楽しい人生を生きましょう!」という視点で、「人生における阿呆」をより楽しくお伝えできるよう、この阿呆ブログの執筆に精子は出していないが精は出してきた。


が、2020年1月現在、テーマは「孤独からの脱出」にバージョンアップしたわけだ。


だって自分が孤独だと認知したまま「楽しい人生」もクソも無いではないか。

孤独感を感じて歩んでいる人間が「楽しい人生」についてお伝えすることなど、そもそもの矛盾が生じているではないか。




なので、「よりリアルな何か」をお伝えするためにも、まずは自分自身が

「孤独でつらいです。」

と堂々と宣言し、そしてせっかく僕はコーチング的思考法を身に付けているのだから、僕からこれから「孤独からの脱出」を試みてゆく過程を

「自分を使った人体実験」

としてあなたに赤裸々にお見せしていくことでこそ、「よりリアルに」お伝えできる何かがあるのではないか?




そう思った次第だ。




まあそもそも認めたくないよね。

自分が孤独だなんて。

かっこ悪いよね。

孤独でさみしくてつらいです、なんて。




でも実際問題、そういう人って多いと思う。

自分で認知しないまま悩んでいる人って、実はかなり多いと思う。



認知したくないから、「やれ仕事が」とか「やれ彼女が」とか「やれ家族が」とか、そんなもうちょっと「具体的」な部分でさみしさや生きがいを改善していこうとしている。

もちろん具体的な部分の改善も大事だと思う。



でももっと本質的な部分で「孤独」を治療してしまわないと、どれだけ「具体的」な部分を手当てしていっても、

やっぱり「どこかなにかしらポッカリ穴が開いたような」感覚は残り続けるのだと思う。




「孤独感」を麻痺させることは出来ると思うし、そんな手法もいろいろある。

でも「感」を感じていないからと言って、「孤独」本体が無くなるわけではない。


風邪薬みたいなもんだ。

熱は下がるし咳も出なくなる。

でも風邪本体が去っていったわけではない。

薬が切れればまた症状は表面化してくる。


そういうことだ。





僕はうんこや3Pや間違ってパンツ売っちゃった話や間違って不倫して別れさせて取っちゃった話とか、そんな話を語り合うのがけっこう好きだ。

僕はこれからの人生について、挑戦してみたいこと、今さらながらだけどやってみたい夢、自分を変えていきたいという思い、そんな話を語り合うのもけっこう好きだ。


どっちでもいける、両刀使いだ。




そんな両刀使いの仲間を、今後も増やしていきたいと思っているし、

両刀使いこそが、一番面白い仲間だ、とも思っている。



阿呆な話もシリアスな話も、どちらも同じ土俵で話せる仲間。

未来のゴールを共有する仲間。

ゴールは違えどそれぞれのゴールに猛進している仲間。

マニアックな世界を極めていくオタッキーな趣味仲間。



そんな「各種仲間たち」がいる人生って、なんだか楽しそうだって思いませんか?

そんな「各種仲間たち」と歩む人生は、あんまり「孤独っぽくない」感じ、しませんか?




もちろんオトナの人生だ。

毎日毎日顔を合わせる仲間は、ちょっと現実的には作れないし厳しいだろう。

そこは学生時代の仲間とはちょっと違うかもしれない。


でもだからこそ「いっぱいいる」ことがけっこう重要だと思っている。



3人じゃなくて。

10人じゃなくて。

100人くらいは居て欲しい。


人間が現実的に仲間だと感じられる数の限界は、150人程度だと言われている。

だったらやっぱり150人仲間のいる人生を目指したい。


マックスいれば、マックスバリューだ。

マック鈴木だ。

イオンはあんまり好きじゃない。

話がそれた。



表面上でしか付き合えない「知り合い」がたくさんいるのではなくて、

「仲間」がたくさんいる。


そんな人生って、けっこう面白い人生なんじゃないかなって、僕は思う。




あなたは、孤独じゃありませんか?

見て見ぬふりして、お茶を濁していませんか?



孤独な人生からの脱却。

僕の自分人体実験は、引き続き引き続くのである。




孤独脱出記 [人類求めて]
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