負け組は勝ち組には一生勝てない | 格差は生まれる前から決まっているのだから

マインド

まず結果から先にお伝えする。

いわゆる「勝ち組、負け組」の格差は、「生まれる前から」決まっている。


これが、21世紀のこれまでの調査・研究が出している結論だ。

じゃあいわゆる「負け組」が「勝ち組」に這い上がることはできるのか?


勝ち組・負け組格差は、親の努力でも本人の努力でも、ひっくり返すことは原則不可能。


これが、21世紀のこれまでの調査が出した結論だ。



さて困った、どうしましょ?

こんにちは、早川です。

今日はそんなお話です。


念のためお伝えしておくと、僕自身は「勝ち組・負け組」という表現も、それが示唆している考え方も、ダイキライだ。


「金と権力」がある人が「すごい」人で、

「そうでない人」は「ザコ」である。


そんなあさはかな考え方が「勝ち組・負け組」という発想の根本にある気がして、とってもキライだ。

その前提で、「生まれる前から格差社会」も事実として受け止めなければならない。



親自身の教育水準、職業やそこでのポジション、そしてそれらがもたらす年収や生活水準。

この情報だけで、その親のもとに生まれてくる子供が「勝ち組」になるのか「負け組」になるのか、わかってしまう。


子供が生まれてから、あわてて親が一生懸命本を読んで聞かせたり、より良い環境の地域へ引っ越してみたりしても、それは「勝ち組・負け組」という基準の前提のなる「学校での成績の良さ」には、ほぼ全く影響を与えない。

そんな調査結果が出ている。



そもそもが「勝ち組家系」のご子息様は、「勝ち組幼稚園」へ行き、「勝ち組の習い事」をして、「勝ち組の人たち」と交友関係を作る。

もちろん「勝ち組小学校」に行き、そこで「勝ち組の成績」を残して、そのまま勝ち組中学校で勝ち組成績を上げ、勝ち組高校で勝ち組成績を上げて、


そしてそのまま勝ち組ポジションを余裕で維持したまま、

東大に行ったり、ハーバードに行ったり、慶応に行ったりして、

そしてそこでまた「勝ち組の成績」を残して、「勝ち組の職業」へと就いていく。


まあそういうことらしいし、実際問題そうだろう。




さて、そうして「トップ3%、5%の勝ち組」ではない僕ら一般人は、中高あたりで「どうやら自分は勝ち組ではなく、負け組であるようだ」ということを悟る。

自尊心は下がり、自己肯定感も下がり、自己効力感も下がる。


さて、そんな「負け組根性」を身に付けた僕らはその後、「立派なオトナ」となる。



「勝ち組ハーバード君」は3歳の時から毎日最低5時間のお勉強を延々と続けてきた。

僕ら「負け組一般人」は、テストの前日にのみ、マックス5時間のお勉強しかしてこなかった。



単純な「お勉強時間格差」だけ計算してみても、


勝ち組ハーバード君(23歳):

5h x 365d x 20y = 36,500時間のお勉強。



負け組の僕ら(23歳)

5h x 6d x 20y = 600時間のお勉強。


ということで、勝ち組ハーバード君と僕ら負け組アホウドリの間には、わずか23歳という年齢にしてすでに「3万5900時間」のお勉強時間格差が生じてしまっている。



知識量が違いすぎる。

そしてハーバード君はオトナになってからも本を読み続け、スクール通いをし、毎日5時間の学習を続けていく。



これを、負け組23歳が今から挽回してひっくり変えそうというのは、まあ不可能だ。

すでに35,900時間分の「借金」が生じている。

僕ら負け組がこれを返済しようといくら努力をしたところで、勝ち組はさらなる勉強を続けているので、格差はいっこうに縮まらない。

基礎知識から応用知識まで身に付けている勝ち組の「理解の深さ」にも「学習スピード」にも、僕ら負け組はとてもじゃないけどかなわない。




はて、どうしたものか。





そう。どうしようもないのだ。

生まれる前から、格差は決まっているのだ。

そしてその格差は「開く」ことはあっても、「縮まる」こと等あり得ないのだ。


そんなもん、そもそも悩んでも意味の無いことなのだ。

考えても解決しようがない問題なのだ。




そこで!!!

僕は思うのだ。

同じ土俵で勝負するのはやめようぜ。

こう思うのだ。




他人の土俵で他人のふんどしで相撲を取る。

負けて当然だ。


だって「アウェイ」で「他人のパンツを履いて」勝負したって、そもそも萎縮しちゃうし、パンツ気持ち悪いし。

それこそ勝負する前から勝負は決まってる。

そんなんやるだけ意味がない。





だから!!!

「自分の土俵」を探すのだ。

自分で土俵を作り、つまり自分の「ホーム」を作り、そして

「自分のふんどし」

を巻いて勝負するのだ。



敵がやってきたとしても、彼は「俺の土俵で、俺のふんどし履いて」勝負せざるを得ない。


敵に貸してやるふんどしに、ちょっとウンコをつけておくことだってできる。

だって俺のふんどしだし。



土俵に、ちょっとウンコを漏らしておき、敵が「気持ち悪い」思いをしながら戦わざるを得ない状況を作り出すこともできる。

だって俺の土俵だし。




自分の土俵で、自分のふんどしで勝負する。

いや、そもそも「勝負」すらする必要なんてないのだ。

だって自分で作った自分の世界なんだから。


そう。自分で作った自分だけの人生、自分だけの道なのだ。

だから、そもそも他人と比較すること自体がナンセンスだ。


だって自分の世界だし。自分の道だし。




と、こう思うわけだ。

どうだろう??





もちろん、超具体的に

「負け組の僕らは、こうやって生きましょう!」

なんて処方箋は、存在しない。


だって自分の世界は自分が自分で作るものなんだから。

一つだけ言えるのは、「勝ち組」と戦うのは馬鹿げているということ。


だって勝てないんだから。

絶対に。




そして「勝ち組・負け組」勝負は、

「勝ち組の世界で、勝ち組のルールで」

勝敗が決まるんだから。



僕たち負け組はそもそも絶対に勝つことが出来ないルールになっているのだ。最初から。


そんなものに乗せられて翻弄されていたら、せっかくの人生もったいない。

僕らは、僕らの世界で活躍すればいいのだ。



勝ち組の世界に果敢にも飛び込み、あまりのボロ負けに心身ズタボロになり、もうすべてがイヤになって人生おしまいだ感に打ちひしがれて、電車に飛び込む必要など無いのだ。


それこそまさに勝ち組の思うがままではないか。



違う。

そんなのは馬鹿げている。


あなたはあなたの土俵で、あなたのルールで。

僕は僕の土俵で、僕のルールで。

それぞれ勝手に活躍すればいいのだ。



「勝ち組・負け組」などという「生まれる前から勝手に決められている」考えても全く意味の無いことに

悩み、

苦しみ、

絶望し、

自暴自棄になり、

そして電車に身を投げる人生など、残念すぎて涙も出ないじゃないか。


そんなもの、あまりに残念すぎて、ほとんどお笑いの世界じゃないか。




お笑いは、アホの坂田に任せておけばいい。



アホの坂田にはアホの坂田の道があり、

「あなたにはあなたの道がある。」

演歌の歌詞で良く出てくるようなセリフだ。



演歌はあまり聞かないけど、まあ至ってとっても「その通り」だと思う。



勝ちも負けも無い!!

そう「正論」を叫んでみたところで、結局「勝ち組基準」の世界で動いていたら、僕らは死ぬまで活躍することはできない。



年収が500-600万ももらえれば上等で、それ以上「夢」を見ることも許されない悲しい人生だ。


そして勝ち組にボロ雑巾のごとく使い捨てられて、73歳の冬のある朝、ボロアパートの一室で一人寂しくその人生に幕をおろし、

数か月後に近隣からの異臭通報でかけつけた地元の交番のお巡りさんに腐乱死体として発見されて、

葬式もあげてもらえずに即日焼却されてそのまま共同墓地送り。



そういう人生が待っているというのに、それでもあなたは「正論」を叫んだり、「どうせ私は負け組なので」と失望と諦めの念を抱いて、

残りの人生をただただ勝ち組に言われた通りに奴隷のごとく全うするのか?




「勝ち組、負け組」で人の人生を計る。

いや、もっと正しく言えば、

「勝ち組・負け組」で自分自身の人生に諦めをつける。



そんなんで、あなたはいいんですか?

そんな自分は大好きですか?

最高ですか?

人生、楽しいですか?


そう、僕は問いたい。




あなたには、あなたの土俵があり、

あなたには、あなたにしか出来ないことが、たくさんある。


そしてそっちの人生のほうが、「勝ち組・負け組」人生よりも、

よっぽど面白い人生なんだけどな。


僕は、そう思う。


あなたは、どう思いますか?


また会おう。



マインド
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