本音を話すことが苦手で人と信頼関係が作れない孤独感

【読者投稿】孤独の悩み体験談

こんにちは、早川です。

今回は、20代男性からいただいた孤独の悩みエピソードです。


孤独は恥ずかしいと感じます



私が孤独な状況において思うことですが、寂しいというより恥ずかしいという感情が大きいです。

寂しいという感情は全くないといっていいです。

なぜ恥ずかしいと思うのかというと、世間一般的に思うみんなが普通にしていること、みんなが普通にもっているものが私にはないと考えるからです。

私は普通のこともできない、もっていないと思い、自分が出来損ないの人間のように感じて、恥ずかしくなります。


人と仲良くなれない



私は今二十代後半ですが、友達は一人もおらず、恋人もこれまでできたことは一度もありません。

それどころか好きな人さえもいたことがありません。

家族もいたって普通の人たちですし、仲も悪くはないとは思いますが、私はあまり自分の考えを話したりすることはありません。

それほどの信用はありませんし、私の味方となってくれるとか、もし私が傷ついたとき私が欲しい言葉をいうような人たちではありません。


本音が話せず、会話が苦痛



自分の本音を誰かに話すということがとても苦手です。

そもそも会話が苦痛で仕方ありません。

それは多分本音で話さないで、相手の機嫌を伺い、このあと自分が面倒なことにならないようにと必死に言葉を選んで、より無難な返答をしているからだと思います。

それに人に興味がわきません。だから人と話すととても疲れます。

小学生のとき、会話が面倒だと思い始めました。


笑っていれば何とかなる



そんなとき、テレビである有名人が人との会話では笑っていればいいと、そうすれば楽しくなると言っていました。

そうなんだ、と私は思いました。

それから私は誰かと話すとき、笑うようにクセづけていきました。そうして学生時代を過ごしてきて社会人となった今、とても後悔しています。

なぜなら、私は笑うことだけを気にかけていました。

何事も誰かとの会話でも、笑ってればいいとテキトーにしていました。

笑っておけば何とかなる、でずっと過ごしていました。

私は物事に対して、自分の考えというものを大切にしなくなっていたのです。


相手の顔色ばかりうかがっている自分



相手は自分というものを話してくれているのに、私はこれを言ったら普通なのかなとか、こんな反応をすれば良いのかなとかを考えて話していました。

それですっかり、自分の本音を話すことがなくなっていきました。

自分自身の考えを出すよりも、なにをしたら正解なのか普通なのかを先に考えるようになりました。

みんなと一緒の普通になりたいのに、恥ずかしい思いをしたくなくて考えて会話をしていたのに、段々私と話してくれる人はいなくなっていきました。


いまさら自分を変えられない



笑っていればいいという言葉は、私を一瞬楽にしましたが、後の自分を苦しめる考えになりました。

この言葉は人とのコミュニケーションや会話を楽しもうと努力する人への言葉であって、会話をサボろうとしている人に向ける言葉ではありません。

私は会話を楽しもうと思っておらず、楽をしようと考えていました。

今更、自分を変えようとか思っていません。

これからも自分を好いてくれる人、自分が好きになる人はいないと思っています。

私は一人でいるとき、とても気楽なので好きです。


いざという時に一人きりだということ



しかし、何かトラブルにあったとき、理不尽にひどいめに合ったとき、誰とも信頼関係を築いていないので自分一人で戦わなければいけないということも覚悟しておかなければならないとは思っています。

これだけはすごく不安で一番の悩みです。

やはり一番辛い、苦しいと思うときには孤独を強く感じます。

これは私も他の人たちと一緒で、普通なんだろうなと思います。


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