独りじゃないのに私は突如として孤独に襲われる。苦して涙が止まらなくなる。

【読者投稿】孤独の悩み体験談

こんにちは、早川です。

今回は、30代女性からいただいた孤独の悩みエピソードです。


私は恵まれている



私の人生は、とても感謝に溢れていると思う。

同居する両親は高齢ながらにも元気だし、小学校を控えている息子も心配することなく元気に育っている。

育児は主に一人でするものの、両親は私の家事に感謝してくれているし、悩んだ時には話を聞いてくれる。毎日、笑顔に包まれた家庭だ。

職場でも、私は恵まれていると日々感じている。

人の気持ちを大切にしてくれるオーナー、理解のあるスタッフ、それぞれ思うところはあるにしても、とてもいい環境で仕事をさせてもらっている。


それなのに突然孤独に襲われる



それなのに、私は突如として孤独に襲われる。

独りであるはずないのに、心臓が痛いくらいに跳ねて苦しくなって、時には涙が止められなくなる。

子供が産まれてすぐに、病気と闘っていた主人は終わりを迎えることになった。

覚悟はしていたし、亡くなったあとも、悲しまずに、息子と笑顔が溢れる人生を過ごすと約束した。

もちろん、この世で一番愛した人が亡くなった世界は悲しい。寂しい。

でも、子供を授けてくれたから、ちゃんと幸せに生きていると天に伝えながら生きている。

無理して笑っていることなんてない。毎日感じる幸せや笑顔は本物だ。


全てが無駄で無意味に感じる



孤独感に襲われる時は、主人が亡くなった寂しさだけではない。楽しいながらに過ごしている人生でも、時々落ち込んでしまうことがある。

両親と言い合いをした、子育てで悩んだ、仕事でミスをした、掃除がうまくいかなかった…

自分にとって大きな話も小さな話も、何故か深く突き刺さって重苦しい気持ちになってしまう時がある。

そんな時に、いきなり知らない世界に放り出された気持ちになってしまう。

日頃忘れてはいけない感謝も笑顔も、無意味に感じる。

今やっていること全てが無駄で無意味に感じる。もう笑いたくないと泣きたくなってしまう。


心から「独りじゃない」と思うために



そんな時に、主人との思い出のある場所に必ず行く。

そこに行けば思い切り涙が出てくる。自分がどう感じているのか、何がしたいのか、鮮明に頭に浮かんでくる。

何よりも主人に会いたい、話がしたいと切望しているせいか、涙と感情は爆発してとめどなく溢れる。

時間も忘れて自分の気持ちと向き合って、孤独感が少しずつ薄れていくのだろう。

思い出の場所を出る時には、心から「独りじゃない」と思うことが出来ている。その繰り返しだ。


頭ではわかっている



絶対に自分は独りじゃない。

愛する家族は私を愛してくれている、職場でも暖かな気持ちに触れられる。

散歩する公園ですれ違うおばあちゃんだって、慈しむ気持ちが溢れてくる。

頭ではわかっている、それでも忘れた頃に孤独感はやってくるのだ。


主人が遠くで悲しむことが嫌なのだ



一度だけ、人に「寂しい、独りぼっちだ」と漏らしたことがある。

その人は、「旦那さんを亡くしたんだから当然だ」と言った。それはそうなんだけど、そうでもないとも思う。

主人がここにいても、私はきっと時々孤独感に襲われるんだと思う。

まだ主人がいたころも、時々夜中に独りで泣いた覚えがある。

そして、今孤独を感じているのが、主人がいないからだと思うことを絶対にしたくないのだ。

そんな風に思われて、主人が遠くで悲しむことが嫌なのだ。

主人の存在は今も昔もこれからも、私の救いであり癒しでしかないから。


孤独感は突然やってくる



私は、孤独感は夜にくるものだと思春期のころに感じていた。

夜は静かでみんなが寝静まっているせいか、物理的に独りの時間を過ごしているから。

でも今は昼夜関係なしに孤独感はやってくることを知った。

そして、昼だろうが夜だろうが、一度襲ってくる孤独感から抜け出す方法なんてないものなのかも知れない。


自分がどれだけ恵まれた人生か忘れないために



でも、それでいいんだとも思う。

時々は孤独感を味わっておかないと、自分がどれだけ恵まれた人生なのかを忘れてしまう。

大切なものを忘れてしまわないためにも、孤独感は人生とは切り離せないものなのかも知れない。


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