社内の全員に見放され、居場所を失った私の孤独

【読者投稿】孤独の悩み体験談



こんにちは、早川です。

今回は、30代男性からいただいた孤独の悩みエピソードです。


当初はリーダー候補枠として採用されました



私は、西日本を中心として運営している看板製造・施工業を行う企業の中間管理職をしておりました。

そんな私に起こってしまったお話をさせて頂きたいと思います。

中途採用で入社したのが、今から3年前の2017年1月でした。

将来のリーダー候補枠として採用され、西日本全域に複数ある製造拠点のうちの1か所に配属されました。

このお話に深く関わって来る人物として、私と同様のリーダー枠で、1カ月早く採用された社員が他の製造拠点に2名おり、私と併せた3名が同期社員となり、製造部門の改革の旗手の期待を社内から受けてスタートしました。


リーダー候補からの落選を告げられました



入社3か月間は現場を知る目的で他の一般従業員と共に施工現場や工場内でみっちり過ぎしながら、コミュニケーションを取る為の貴重な時間を過ごしました。

そして3ヶ月が過ぎたある日、私と同様に1カ月先に入社した同期の2名が管理職に昇進しました。

しかし、当の私には声が掛からず、事実上のリーダー候補からの落選を告げられました。

これが1度目の挫折となりました。

ただ、私は他の同期の2名に劣っていると自分で認めたく無かった為、そこからもう一度頑張り、周囲を見返す為に、ただひたすらにがむしゃらに努力する事を決めました。


姿勢が評価され、見返す事が出来ました



約1年後、社内でコンペがあるとの発表がありました。

私は一般職の中で唯一の立候補者となり、幹部・役員に対してプレゼンをするチャンスを掴みました。

結果は約10名の参加者の中から最も評価を受け、私のプレゼン内容の多くが採用され、細かな修正を加えたものが完成しました。

その内容と取り組む姿勢が評価され、遅れる事約1年、先に昇進した同期社員に追いついただけでなく、社内での評価を変える事に成功し、見返す事が出来たのです。


新たな拠点開設を任された



その後、会社行事の幹事に他薦してもらったり、社長より他の社内会議に出席するように要望があったり、他のコンペに参加したりと、同期社員だけでなく、他の管理職よりも社内で目立つ様になって行き、1年という時間が一瞬で過ぎて行きました。

入社して2年が過ぎ、昇進して多忙な1年が過ぎた頃、新たな製造拠点を立ち上げる話が持ち上がりました。

私は思い切って手を挙げ、立候補しました。

自分で営業所の規模を考え、プレゼンを行った結果、物件や人員の採用、あらゆる内容において決定権を一任されて、準備期間約半年で計画がスタートしました。

途中様々な事が起こりながら、何とか営業所開設まで漕ぎ着けました。


営業所開設が私の転落の始まりでした



しかし、この新たな営業所開設が私の転落の始まりでした。

生まれ育った土地を離れ、不慣れな場所で過ごす生活が、自分で気付けない様なスロースピードでゆっくりと精神を蝕んで行きました。

社内のコミュニケーションにおいても、周囲からの物理的な距離が離れ、近くにいるのは新たに現地で採用した年齢が10歳以上離れた新入社員が1人のみで、ジェネレーションギャップに戸惑い、上手く行かない日々が続きました。

プライベートでも仕事でも相談相手が居なくなるとすっかり思い込んでしまっていきました。

その様な日々を過ごす内に、他の同僚や上司達と心の距離が段々と広がって行くのがわかりました。


孤独と負のスパイラル



その結果、「どうせ相談しても周りは聞いてくれない」「相談しても助けてくれない」と、さらに自分の中で悪循環になり、自己憐憫に陥り、完全に負のスパイラルに。

まるで泥沼の中に自らはまっていく感覚がわかりました。

そんな中、状況を知ってか知らずか、社長から再び社内行事の幹事になるように指示がありました。

私は、名誉挽回が出来るチャンスと捉えて、受け入れる事にしました。

しかし、それが二度と抜け出せない泥沼への道となりました。


恐れていた事が現実に



始まりから歯車が合いませんでした。

私が主幹事を務め、共に企画運営していく為のメンバーの大半が、私を良く思っていないメンバーで固められてしまったのです。

打ち合わせを重ねる度に揉めたり、会議が途中で中止したり、さらに天候にも見放されたのか、当日の悪天候にも左右されたり、それでも何とか開催にこぎつけて、無事に終える事が出来ました。

数日後、次回に向け行われた反省会の中で、恐れていた事が現実になりました。


信用出来る人が誰もいなくなった孤独感



上手く行かなかった点や不手際があった点の責任が、幹事である私の管理能力不足だと、私の事を良くないと思うメンバーから指摘されて、満場一致になってしまったのです。

そんな中でも様々な角度から反省を行い、次回以降のマニュアルを作成し、幹事としての役割は何とかやり切りましたが、私の中では社内にもう信用出来る人なんて居ない状況でした。

そんな思いでも何とか日常業務は新入社員と2人の為、ごまかしながら毎日を過ごしていましたが…


自分自身の自信も無くなってしまった



社内でのルールに関して、マニュアルが無い内容でちゃんとした教育も無かったルールで、私の解釈の仕方がおかしいと指摘されてしまい、問題行為として罰則対象にされてしまいました。

そこでも誰一人として理解や誤解を解くための協力者がおらず、罰則を受けいれるしかない状況となり、さらなる孤独感が襲ってきました。

そんな日々を過ごしている内に、管理職としての存在意義を失い、自分自身の自信も無くしてしまいました。


そして私はとんでもない事を起こしてしまった



そこで私は自分で一からやり直そうと決意し、「降格届」を提出しました。

上司は驚く程に快く受理し、幹部にて私の処遇を決めるまでしばらく時間がかかりました。

しかし、その短い時間に、私はとんでもない事を起こしてしまいました。

施工の工事現場で労災事故を起こし、私自身が骨折7か所の全治6か月の重傷を負ってしまい、そのまま緊急入院。

足首に13cmもの長い金属プレートを埋め込むという、大掛かりな手術を余儀なくされ、長期休業となってしまいました。


私は退職に追い込まれた



一刻も早い復帰を目指し、想像を絶する痛みのリハビリに耐え、3か月の入院予定から1カ月で退院し、通院で治療を行える様になった矢先、さらなる仕打ちが待っていました。

入院していた間、私が出社出来ず話が出来ない事を利用され、まるで死人に口なし、欠席裁判の様な状態で私の処遇や評価が下され、社内での居場所がどこにもなくなっていたのです。

私が立ち上げた新規営業所の閉鎖も決まり、現地採用した従業員に転籍を一方的に押し付け、私は退職に追いやられていました。


呆れて笑うしかありませんでした



私にも復職時の居場所がどこにも無く、上司に「自分で探せ」と言われる始末。

とんでもない状況に、もう呆れて笑うしかありませんでした。

そして私はいまも通院でリハビリに励みながら、退職を決意しました。

今後、社会的にも会社員として生きていく事に魅力を感じれ無いと思い、個人事業主として自分今までの経験とスキルを活かしながら、新たな事を自身の裁量で楽しみながらやりたい事をして生きていきたいと思い、

webライターのスキルを身に着ける為に、現在勉強の毎日を送っています。


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